小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その37

2010年4月1日 午後2時40分 普段なら喧噪を知らない田園地帯の向こうに、バイクの轟音が響いた。

「やっと来たみたいですわ」 ヒロシが腰を上げた。 道路側まで歩み、手を上げバイク集団に合図する。

「こりゃまた大勢で」 栗原がバイクを数えた。

「すんません遅う、なりまして」 ヘルメットを脱ぎながらそれぞれのリーダーらしき二人が駆け寄った。

・・・・・・・・・・・・

ガレージに保管されていた4台のバイクは、彼らのモノに間違い無かった。 車体や、ナンバープレートまで艶消しのブラックに塗りつぶされていたが、それぞれ特徴ある改造ポイントで、判明。 何より、彼ら持参の合い鍵が合致したことが決め手となった。

栗原はバイクを強奪された時の様子を本人から聞いた。 ほとんど同じような手口と状況だった。深夜、自販機前にバイクを停め休憩してる時、突然現れる相手は一人もしくは二人。こちら側は7、8人。油断していると、 一瞬にして蹴りや突きで全員倒され、あっさりと強奪されたと言う。 うち一人の少年が云った。

「喧嘩にはそれなりの自信があったです。でもあの時は、確かに油断もあったですが、今思えば ”ツボ”を正確に狙ってこられたんじゃないかと。勿論相手の蹴りや突きのスピードは半端じゃなかった事も確かですが、瞬時に意識が飛んでしまったんです」

「気づけばバイクが無かったと。。。」 「はい。。」 コクリと頷いた。

スカジャンを着込んだ先ほどのリーダーがヒロシに歩み寄った。

「実は、恥ずかしい話ですが、ここに向かう途中、また一台強奪されました。 遅れたのは山道で迷ったのもそうなのですが、先ほどのトラブルが大きくて」

「何だと」

 

佐々木と栗原が気色ばむ。

「相手は?」 「一人でした、後で仲間らしき男が現れましたが、勘違いで。その人もそいつを追いかけて居たようで。。。」

リーダーは云いかけて、ふと栗原の胸元を見た。

!」

「どうした」 「白浜冷蔵倉庫の方ですか」

「知ってるのか」 佐々木とヒロシも思わず近寄る。

「途中現れた人も、白浜冷蔵のジャンバーを着てました。2メートルぐらいある身長のでかい人で」

「な、何だとぅ!!」 栗原、佐々木、ヒロシ、三人は同時に声を張り上げた。

※ ほぼ同じ頃だった。白浜冷蔵冷凍倉庫事務所 沢田由紀恵は鳴り響く受話器をあげた。

「はい白浜冷凍です」 「こちら、和歌山県警田辺署のものですが」 「あ、はい」 田辺署と聞いただけで、予感があった。

「お宅の会社名が入ったジャンバーを着ている男性を保護し、病院に入院させたのですが心当たり・・・」 相手が最後まで云わないウチに、沢田は受話器を握りしめ直し、 大声を張り上げた。

「あ、ありますッ。う。ウチの社の者です。間違いありません。で、ど、ドコの病院なんですかあーッ」

・・・・・・・・・・・・・

栗原の携帯が鳴った。

ディスプレイには”白冷”と表示されてある。 栗原も、すぐひらめくモノがあった。 フラップを乱暴に開け、応答ボタンを力一杯プッシュする。 「連絡、あったんか」

「・・・・・・」

傍らで固唾を呑み、様子を伺っている佐々木と、ヒロシに小さくガッツポーズのあと、指で円を作り、笑顔で朗報を伝える。 だが、

「病院だとぅ、で、・・・・ああ、田辺市民病院ならここから近いけん・・・・わかった、直ぐ駆けつけるけん」

「県警、田辺署から会社の方に連絡ありました」 携帯のフラップを閉じた。

「ですが、病院とか?」 佐々木が心配顔で訊いた。

「あ、でも命に別状がどうのこうのて、無いらしいです」

会話を聞いていた 先ほどのリーダーが口を開いた。 「バイクから飛び降りたのが原因かも知れません」

「もし良ければ、一緒に来てくれないか、逃げた男の事も訊きたいし」 佐々木が云った。

「わかりました」 リーダーはメンバーに事情を説明し、佐々木らに一人、付いていく事を告げ散会させた。

「ヒロシさん どうもお世話になりました」 海南のチームリーダーが挨拶した。

「おぅ、縁があったら、またな」

・・・・・・・・・・

同日 午後3時40分

田辺市民病院に駆け込むと、田辺署の署員が待ち構えていた。

「白浜冷蔵倉庫、栗原です」 「あ、どうもご苦労様です」 スーツ姿の青年が名刺を差し出した。 和歌山県警田辺署 総務課主任とあった。 刑事ではないらしい。 田沼と名乗る青年は 「どうぞこちらに」 と言いながら 談話室へと案内した。

「あのう。河本の病室は」 栗原が聞いた。

「あ、彼 カワモトて云うのですか」

「はい河本浩二、ウチの社長です」

「えッ バイトじゃないんすかぁ」 後ろで聞いていた バイクのリーダーが驚いた。

「それはどうも、失礼しました。治療は終わっていると思うのですが、 精密検査とかの真っ最中かと。あ、生命の別状がどうのこうのではありませんからご心配なく」 署員は笑顔を見せていたが、真顔になった。

「ただ、ウチの白バイ警官も転倒、骨折で同時に入院してしまったものですから、 何かと事務手続きその他、ご足労願った訳でありまして」 結構事務的な口調だった。特に罪に問われる心配はなさそうだった。

「申し訳けございません」栗原はひとまず頭を下げた。

程なくして コンコン、ドアをノックし、一人の医師が入ってきた。

「いやー驚きました」

「悪い検査結果でも?」栗原の声が談話室に響く。 医師は栗原らに気付き 「会社関係の?」 田辺署の田沼に聞いた。

「はい、先ほど連絡がつき、駆けつけて頂きました」

「あれほどの栄養失調状態。久しぶりに診ました。脱水症状も酷いもんでした。また、アスファルトの道路に走行中のバイクから飛び降り、よくもまあー打撲だけで済んだモノです。実に驚きです。常人以上の筋肉の鎧(よろい)に覆われた肉体の賜物でしょうな」

「で、河本と会って話をしたいんですが出来ますか?」 医師は、まだ話を続けたそうにしていたが、栗原が遮った。

「いや、申し訳ないが、今 眠ってます。当分無理でしょうな。しばらくの安静が必要かと」

(外科部長 森野和夫) 首からぶら下げたIDカードを揺らしながら、事も無げに言った。

「じゃあせめて 寝顔だけでも見たいんだが」

「分かりました。遠くからになりますがどうぞ」 森野は一行を集中治療室に案内した。

「あ、ご心配なく集中治療室と云っても、救急で運ばれて来た患者、とりあえずに入るだけですから」

集中治療室には 5台のベッドがあり 2台がふさがっていた。

「奥の方です」 森野が指差した奥のベッド。

確かに河本の巨体が眠っていた。 腕には点滴のチューブが繋がっていた。 無精ひげだらけ、頬はコケ、日に焼けた赤黒い顔。人相が少し変わってはいたものの、寝息を立てているだろうその寝顔はようやく安心したかの表情だった。

「栄養失調に、脱水症状・・・」 栗原は 医者の言葉を頭の中で復唱した。

「さぞかし、辛かったろう・・・」

皆に悟られぬよう、そっと涙をぬぐった。

そして、「一体全体、何者らの仕業だったのか・・・」

ぐッと拳(こぶし)に力を込めた

高台にある 田辺市民病院。その窓から遠く見える田辺湾。 その水平線にやがて沈もうとしている夕日が実に見事だったが、 誰も気付く由もなかった。

つづく ※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名とも 一切の関係は ございません

(-_-;)