小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その38

2010年4月2日(金曜日)午前8時40分 白浜冷蔵冷凍株式会社 会議室

「昨夜はどうも」「お早うっす」 口々に、佐々木とヒロシが駆けつけて来た。 「どうもお疲れです。夕べは本当にありがとうございました」 栗原が頭を下げた。

あのあと、栗原は田辺署署員、田沼に遅くまで絞られたのだった。

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「本来なら、公務執行妨害罪で逮捕のところなんです。ただ、運転していたのが彼ではなく、単に落下したと、抗弁されちゃあ、目撃者も無く、立証するのも困難と判断しました。あと隊員の入院治療費、バイクの修理費など賠償請求したっておかしくないんです」

「は、申し訳ない」 栗原は、ただひたすら頭を下げた。

「ひとつよろしいやろか」 横で聞いていた佐々木が口を挟んだ。


「こう云うときの為に、地方公務員・警察官共済保険に加入されている筈でしょう。バイクの修理費なども公務執行中の故障、破損などで在れば当然保険から降りる筈です」

田辺署の田沼は佐々木を睨みながら訊いた。 「事情に詳しいようですな」

「はぃ、少し前まで大阪府警に勤務していました」 云いながら探偵事務所の名刺を差し出す。

「あぁ、勿論加入はしてます。ただ私が云いたかったのは、交通ルールを遵守してですね、いいですか、もうすぐ春の交通安全運動が始まるんです」

その後もネチネチと説教とも、愚痴ともわからない言葉が続いたが、結局 保険請求の欄に、河本のサインと捺印が目当ての様だった。河本の代理と云うことで栗原が記名、捺印した。

「要するに、出きることなら保険は請求したく無かったんでしょう、県警本部の査定に響くから」 田沼が出ていってから佐々木が云った。

「そんなものですか」 栗原が云った。

社員食堂の町村夫婦が着替え、その他入院に必要なモノを持って、駆けつけてくれた。 「あ、どうもご苦労様です」 「いやーひとまず安心しましたわ。社長の面倒や、なんやかんやと、後はワシらが看ますよって、栗原さんも長いあいだ、ご自宅に帰ってないでしょうけん」

町村の言葉もあったが、医師や看護師の見解では目覚めるのは早くて明日(2日)だと言う。 一行は病院を後にしたのだった。

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「御坊のリーダーから連絡あって、9時半までには駆けつけてくれそうですわ」 ヒロシが携帯のフラップを閉じながら云った。

「じゃあ、彼は遅れるみたいですが、そろそろ始めますか」 佐々木が白浜冷凍会議室のホワイトボードに立った。

「とりあえずは、河本社長の消息が確認され私の役目は終了ではあるのですが、県警に申し送りする前、すべての疑問や謎がクリアになったのかどうか、我々が掴んだ情報の整理や検証は済んだのかと、高城社長からお電話を頂きこの場を設けさせて頂きました」

「坂本前社長に、昨夜報告したとき、同じ言葉を云われましたわ」 栗原が続けた。

「では、和歌山県警に後はゆだねるとして、県警への申し送り資料として、私らが把握した状況を整理したいと思います」 ホワイトボードに向かいながら佐々木は、ふと大阪府警時代の捜査会議を思い出した。

ボードの一番上に、先ずは 「不審者」と書き込んだ。 続けて 1、東南アジア貿易振興会。5名と書く 「河本社長が目覚めれば、彼らと何があったのかは明らかになりますが、今のところ判明している犯罪は、暴走族グループからバイクを強奪したと云うことです。ただ、事情があって被害届けを提出しておらず、現時点では罪を問われない。というのが実情です。 ただ昨日、一人の男によりまた1台奪われたと言うこと。 そしてその男は、河本社長と何らかの接点があったと御坊のリーダーが教えてくれ・・・」

云いながら佐々木は最初に書いた“5名”の文字を消し、 4名プラス1名と書き直し、1名の箇所に両矢印を引っ張り“河本社長”と書きこんだ。

「昨日の件については、バイクの強奪被害届けを提出してくれるそうですわ」ヒロシが云った。

「であれば、犯罪として、逃げた男の行方が警察の手による捜査が見込める」

「例のNシステムとやらですか」 栗原が訊いた。

「いや、残念ながらNシステムと呼ばれるナンバーの追跡調査は二輪では無理です」

「奴らがバイクにこだわる理由はそれか」

「おそらく、機動性が良いだけでなく、Nシステムの網を掻い潜るのが目的と思います・・・」

「ただ、奴らはバイクを捨て、トラックに」

「そこが今いち、謎といえば謎ですがやむを得ない事情ができたのかもです」

次に佐々木は東南アジアの欄、その下に 室井(ワールドアドベンチャーもしくはプレタジュテ人材サービス)と書いた。

「連中との接点が不明ですが、彼、室井が借りたレンタトラックを連中が利用した若しくは利用しているのはほぼ確実と見てよいでしょう。ガレージ隣人の農家夫婦が断言してくれました」

「今回のキーポイントがそれと、4月4日にある気がしますわ。ワシの勘やけど」 栗原が頷いた。

「はい、河本社長が発見された今、さしあたって一番の問題は。。。 4月4日と云うことです。勿論、我々と直接に関係がないとしてもです」 云いながら、佐々木は右端に大きく(4月4日)と書き、矢印を下に引き、

「D法王 宗教サミット」と書き込んだ。

「私の推測はD法王が、やって来られる日であり、不審グループの狙いはそこではないかと」 云いながら、東京羽田→白浜空港と書き込んだ。

「空港など、おそらく当日の警備体制は厳重なものが予想される筈です。ただ、今までのテレビ報道で見る限り法王の立場は、政府関係の要人とは微妙な温度差があり、彼への警備は完璧かと問われれば、私の目で見る限り不安があるのは否めない処です」 さらに佐々木が続ける

「で、室井との接点への疑問。なぜワールドアドベンチャーなのか、もしやと思い、サミット事務局にワールドアドベンチャーでの行事ないし、講演などがあるかどうか、訊ねてみたのですが、あっさり否定されました」

「室井はただ単にレンタカーの借り受けを頼まれただけかも知れないですな。同じ紀伊田辺の住民として通りすがり時にたとえば脅迫もしくは報酬を受けてとか」 栗原が云った。

「あのう、ワールドアドベンチャーに直接行ってみたらどうやろか」 ヒロシが云った。

「たしかここからですと、近所なんですよね」 佐々木が訊く。 「ああ、アドベンチャーも空港も、ここからだと車で10分もか かりません」

「なるほど、あとで確認のため行きますか」 そのとき、 御坊のリーダーがやってきた。

「遅くなりまして。あのう、これを」 と云ってブルーのシートを差し出した。 埃や泥で薄汚れている。

「何ですのや、これ」

「はぁ、社長さんが大事そうに持ち歩いてたんですわ、バイクの荷台に、くくりつけたままだったのをすっかり忘れていて」

「ほう、こんなものを」 栗原が手を差し出しかけた。

「あ、それっ」 慌てて、手袋をはめながら、「不審男の指紋、付着の可能性が」 云いながら、佐々木が受け取った。

「それで、バイクを強奪した男の人相なんだが」 栗原が聞いた。

「はい、黒のレーシングスーツ、無精ひげだらけの奴で、歳は30前後のオヤジと思います。海南の連中や俺らのグループが以前強奪されたのと同じ手口だったです。恥ずかしい話ですが」 「昨晩も聞いたが、以前の男らとは別人なんだな」 「はい、昨日の男も顔は黒かったですが、どっちかと言えば日焼けによる赤黒い顔で、以前の奴らは南国系の地黒でした」

「ワシが先月、白浜で遭遇した原付きの男かも」 栗原が言った。

その時、コンコン 会議室をノックし 「会議中すみません、町田さんから電話ありまして 河本社長 目覚められたそうです」 沢田が笑顔で入ってきた。

つづく ※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名とも 一切の関係は ございません

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