小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その39

2010年4月2日 午前10時半 田辺市民病院

町村は1階、玄関横のロビーで栗原ら一行の到着を待ってくれていた。

「社長は今、談話室でお待ちです。病室だと気分が落ち込むと云われ」 町村が笑顔で言った。 「もう歩けるのか」 「はいっ、すっかりお元気に。朝食もきれいに平らげられました。 風呂だって、久しぶりにさっぱりしたいと、先ほどシャワーを浴びて来られました」

 

・・・・

河本はテレビを見ていた。 頬のこけた、無精ひげだらけの昨日と打って変わり、生気がみなぎった表情をしている。 回復力も人並み以上のモノがあるのだろう。

栗原に続いて、佐々木とヒロシが続いて入った。 佐々木と、ヒロシを見るなり、 「おぉーっ、なんでまた」 驚きの声をあげた。 ヒロシがすかさず駆け寄り、ハグする。 「大変な目にあったな」

栗原に頭を下げ、気遣いながらも、ヒロシと佐々木との再会に喜びを爆発させた。

さらに、御坊のリーダーを見るや、 「おぉ!リーダー、昨日は世話になった」 「とんでもないっす。むしろ怪我させてしまって・・・」 頭を掻いた。

「栗原さん、そして皆さんご心配をかけました」 「ワシらは仕事の一環やから、礼を云うなら、オファーを出してくれたグループトップの高城社長やな」 ヒロシが笑った。 「まさかヒロシさんらと再会出きるとは夢にも思いませんでした。家島以来すね」

事情を聞き、浩二は佐々木事務所への転出を喜んだ。

「そうそう、心配と云えばこれや。充電しておいたから直ぐにでも使える」 栗原が河本の携帯を差し出した。

「あ、これ、何処に?」 「グランドホテルの宴会場に忘れてあった」 「多美恵。。。女房です、多美恵から連絡は」 「高城社長の方にだけあった。今回のことはヘタに心配かけたらあかんけん、行方不明の事は伏せてある、ワシらの判断や。すまん。もっとも白浜には直接の電話は無かったようや。よほどおまはんのこと、信頼してる証拠や」 「ありがとうございます」

「それより、早く奥さんに電話や、携帯ようやく復活したちゅうて」 ヒロシが冷やかす。

「それは後で・・・それよりリーダー、昨日の男は逃げたまま?」 「あ、はぃ」

「乗り逃げというか、奪ったその男のことやけど・・・」

浩二は 歓送迎会後、白浜冷凍倉庫。深夜に起きた一連の事をみんなに喋り始めた。

・・・・・・・・・・

「なんと、海に放り込まれたとは・・・」 全員が衝撃を受け、絶句した。

「それで、中国拳法の男とサバイバル生活する羽目になったです。 奴は”29号”と番号で呼ばれてました、明らかに何らかの組織の一員というのは間違いないです」 「だがその男、組織に裏切られちゅうか、見捨てられたのか。冷酷非情な集団やな」 ヒロシがつぶやく。

「私らが調べた集団に間違いなさそうだな」 佐々木が云った。 東南アジア系と思われる双子、冷酷なリーダー、それと浩二を倒したムエタイの男らの人相、体格などなど、 いずれも佐々木らが捜査した連中と一致した。

「あと、しきりに日時を気にしていました」 「それはおそらく・・・」 佐々木が4月4日の件を河本に説明した。 「29号も4日に参戦するつもりでいるのか、あるいは組織への報復の気持ちから、妨害する気持ちが芽生えたかどうかですね」

「ウチ(白浜冷凍)の埠頭を無断で利用し、運び入れた荷物。武器、弾薬の類(たぐい)だとすれば、かなり危ない4日ちゅうことや」

「これぐらいの段ボール箱に3つから4つあったです」 両手で大きさを作りながら栗原に説明した。

「県警へ早いこと行きますか」

栗原は佐々木を振り返った。

※ 時はおおよそ10時間前に遡る。4月2日 午前0時過ぎ。

紀伊田辺駅前。紀伊田辺第一ビル横。乗ってきた単車のエンジンを切り、様子をうかがう一人の男が居た。

玄関横の非常灯すら消えているビルを見上げ、怪訝な顔をした。 「ちっ、まさか」 舌打ちし、玄関ドアがあった筈の場所に立った。が、無機質に鈍く光る、閉じられたシャッターには、小さな張り紙が貼ってあるだけだった。

(長年のご愛顧ありがとうございます。本日を持って、閉鎖致しました。元々の計画より遅れましたが、10日より解体工事を・・・)

遠くで車の気配がし、途中で読むのをやめたが、 最後まで読まなくてもわかった。

「連中、どこに隠れ家を移したというのか」

あきらめ、バイクにまたがった。 フユーエルメーターの針はEに近い。 エンジンを捻りながら、顔なじみになったコンビニが少し先にあったのを思い出した。

「ワシの腹だけでなく、バイクも燃料切れが近い。少し用立ててもらうか」 スタートを切り、闇間に消えた。

※ 4月2日 午前11時20分 和歌山県警田辺署 第三応接室

佐々木、栗原、ヒロシの三人が待っていると、 「やあ、お待たせ、昨日はどうも」 総務課の田沼が入ってきた。 「んで、皆さんお揃いで一体何が始まるんです?」

(結構軽い男だな) 栗原は田沼を見た。

「防犯。。。いや、公安に関する責任部署の方を電話でお願いしていましたが」

「はぁ、それが、あいにく会議中なもので、私がお聞きし、後で伝えておくと云うことではどうでしょう」

(しっかり伝わるのか) 不安に思った栗原は佐々木を見た。 佐々木も同じ事を考えた様だった。 「4日、法王が来られる。だが危険が迫ってる。その件で 直接関連部署の方たちに説明したい」 佐々木が食い下がった。

「その、4日の警備の件で会議中なんですが」

「じゃあ、好都合じゃないすか、会議に参加させてもらいましょうや」 ヒロシが立ち上がる。

「そ、そんな・・・いきなり参加させる訳には、いかないです」 田沼が、慌てる。

「4日、あさってじゃろが。危機はそこまで来て事態は逼迫してる。ヘタしたら国際問題に発展やが、おまはん責任取れるんか?」 栗原の怒号が響いた。

「わ、わかりました。連絡してみます」 ようやく田沼は内線電話機を取った。

「は、はぁ、その4日の件で重要な情報があるとかで、こちらにお見えになってられ・・・確か、うちひとりは元大阪府警の方です」 田沼は電話に向かって何度も頭を下げた。

その後電話の相手とやりとりが続いていたが、 ようやく 「とりあえず署長が降りて来ますので少々お待ちを」

田沼は汗を拭った。

※ 同日 2日 午後零時 市民病院 談話室

そろそろ、昼飯の時間・・・ 浩二が、立ち上がりかけた時、テレビニュースで、“田辺”と読み上げているのが聞こえた。

深夜2時過ぎ、田辺市国道沿い 無線ショップの倉庫が荒らされ、 無線レシーバー一台と充電器一式が盗まれるという被害が出ました。 もの音に気付き、飛び出した店主 今岡良一さんの話によると 男は全身黒色のツナギを着ており、乗ってきたバイクで逃走したようです。 警察では逃げた男の行方を捜査しています。 では次ぎのニュース・・・・

(あ、奴だ。間違いない)

つづく ※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名とも 一切の関係は ございません

(-_-;)