「じゃあ始めよっか。森野君、君が乾杯の挨拶や」広報室長の三宅祐司がビールを注いだ。 「えー僕が。。。そんな畏れ多いです」 急に振られあわてた。 「結果が出るんはまだ先やけど、反響を呼ぶのは目に見えたある。すべては君のアイデアから始まった」 「そうそう、賛成」横に座っていた前村も大げさにうなづいて見せた。
思いもよらなかった言葉に、すっかり気をよくした僕は覚悟を決め「そうすか、では」と勢い良く立ち上がった。 三畳ほどの個室。 三宅の行きつけの店という。居酒屋“のん兵衛”も先日、前村の知り合いの店と良く似た雰囲気があった。
「では。。。えーとこのあと何言うんだっけ」 「ブッブーっ」 「何でもええやん君の言葉で、思ったことそのまま」
「では、僭越ながら。東京でのプロモーション会議、お疲れさまでした。では乾杯!」 「乾杯」「乾杯」 僕のつたない発声で 三人だけのプロモーション会議の打ち上げ会がスタートした。
「もっと早ぅせにゃならんのに、週末になってしもうてゴメン」 「いえとんでもないです、出張お疲れさまでした」 前村はすかさず三宅に、そして僕にとビールを注いだ。
「川村課長の話では、急きょホリウチプロから呼び出しがあって出張が延びたとか」 三宅は、あの馬鹿でかい旅行バッグのまま駆けつけていたのだった。
・・・・・・・・・・・・ 朝、出勤するなり川村課長に呼ばれたのだった。 「お、今朝は早いな。三宅から何か連絡があったか」 「えーと今夜の打ち上げの件でしょうか」 「ちゃうちゃう、山下ゆり恵のコトや。ホリウチプロから、三宅君が東京滞在中であるなら是非お会いしたいと昨日電話があったらしい。それで急きょ出張を延期。大阪へ帰ってくるのは今日の夕方や」
「え!何も・・・」 まさかここに来て、サヨナラコンサートの件は中止!?。。。。。。 それはないやろ。しかし・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・ ずっと気になっていたのだ。
しかし三宅は、何かを思い出したかのように、ニタっと満面の笑顔を見せた。 ビールを一口飲み 「それそれ」と言ってオシボリで額を拭いた。 僕らは固唾を呑んだ。
「いやあ、いま思い出しても感激や。生涯の自慢になるな。宝やな。山下ゆり恵と直に挨拶させてもろてきた。すぐの目の前にあのゆり恵が居た。。。」 「うわあ、それで。。。」 「事務所の話では、(例の撮影。予定を早め来週からスタートさせたい。小道具であるジャンニのスーツの手配、その他諸々は大丈夫でしょうか)ちゅう打診やった。そらあ喜んで早速手配しますって。山下ゆり恵本人も今回の件、大乗り気や。新曲"衝撃”にふさわしい絵が撮れそうですね。やって」
「うわあーそうなんですか、とうとう始まるんですね」 「あぁ、何もかも始まる、いやもう始まってるわ」 前村と僕は目を合わせ、笑みを交わした。 「しかしまあ山下ゆり恵ってテレビで見る印象と全然違うわ」 「え、そうなんですか」 「何ていうか、パっと見ぃはごく普通の目立たないお嬢さんちゅう感じ。でもよく見ると真の美しさが見え隠れしたぁる」
三宅は前村を見て、「例えば会社に於ける前村さんちゅう感じで、一歩会社出たときの彼女がテレビに映る山下ゆり恵ちゅう感じかな」
「あ、それ凄くわかりやすい例えです」 「うわあ、そんな」 前村はおおげさに顔を両手で覆い隠した。でも満更ではない表情を浮かべた。
しばらくは来週から始まる撮影の件で盛り上がった。イタリアからはジャンニ事務所の若いスタッフ例の坊主頭がわざわざ来日するらしい。 「三宅さん彼のジーンズどう思います」 「あ、あの破れか。最先端のファッションらしいで」 「え、そんなあ」 「やがて日本でも流行るぅ思う」 いくらなんでもそりゃあ無いだろう。だが三宅が言うには、海外のファッション雑誌でよく見かけるようになったらしいとのコトだった。
「でさぁ話変わるけど、国光常務に何かあったんやろか、何か聞いてる?」 「え、何かと言いますと?」 「いや今週、東京から電話掛けても、ずっと(あいにく席を外してますとか、外出してます)とかで、とうとう連絡出来なんだ。こんなん初めてや」
「あ、ご心配なく、実は・・・」 ご家庭の用事で。と言いかけ ハッと口をつぐんだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・ 「実は、なんや」三宅は僕にビールを勧めながら訊いた。 ・・・・・・・・・・・・・・・
昼まえに、国光から呼び出しを受けた。 (ようやくのお呼びが来たか。田代さん。。。。チャンスがあれば例のことも訊いて見たい。いやいやそれどころじゃないな。彼女の母親の病状、どうなんだろう。あ、僕は知らないことになっている) どのような顔にすべきか。。。 色んな事を考えながら7階へ行った。 「失礼します森野です」 「おう」中から声がした。 秘かに期待していた秘書の田代さんつまり、お嬢さんは不在だった。
「昨夜の電話、おおきに。じゃが当分皆には黙ってて欲しい。ま、そのうち知られるやろうけど、家庭のごたごたを社に持ち込みたくない」 常務は心労からか少し声に元気がなかったものの、表情は明るかった。 「ご家庭のゴタゴタと申しますと?」 「かまわん、何もないのに君が電話してくるはずないやろ」 「いえ、僕は何も聞いてません・・・」 「はは、かまわん言ってるやろ。じゃが当分皆には内緒や、すまん頼む」
やはり 僕の表情を読む前に察知していたのだ。少し気が楽になった。 「・・・・承知しました」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あ、どうも。三宅のビールを受けながら 「今日からいつも通り出勤されてます、色々と用事が重なっただけのようで」 「はは、やけに詳しいな」
「えぇ川村課長の使いで毎日のように7階を往復されてますものね」 すかさず前村がフォローしてくれた。 前村にもまだ言ってないが、何となく事情があるのだろうと察知してくれたようだった。 彼女の勘の良さに助けられることが多い。
「ふーんそうなんや。さ、会社の話はこれぐらいで終わり。今夜は呑むでぇ、食べるでぇ、騒ぐでぇ」 そう言って三宅はネクタイを外した。
三宅は部署も違い、歳も一回り以上離れているにもかかわらず、僕と前村を大いに笑わせ、飲ませ、食べさせ、場の雰囲気を盛り上げたのだった。
ふと(場の盛り上げ方、あさっての勉強になるなぁ) 僕はそんなコトを考えていたのだった。
※ そのあさって。。。。 朝から太陽が照りつけた快晴の日曜だった。
午後3時のコンサート開始にあわせ、梅田2時の待ち合わせ・・・ 家を出るのは1時すぎで良いか。 ぼんやりと考えながら、レッスンの帰りぎわ美央の祖母と交わした会話を思い出していた。
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「と言うことで、日曜日美央さんと出かけて来ます」 帰りがけ祖母に挨拶した。美央は片づけものをして居なかった。
「え、まあ、それはそれは、ありがとうございます。誕生会、寂しい思いをさせるんじゃないかって気がかりだったの。あの子の両親はロンドンだし。それに今は学校にも。。。今はあれだからお友達も。。。。 森野さんありがとうね、あの子そらあ喜ぶと思う。本当にありがとう。どうかお願いします」 と何度も何度も頭を下げ、礼を言ってくれた。 思いもよらない祖母の感激ぶりに少し慌てた。
ただそのあと、ひとつ気になる言葉があった。 「少しマシになったけど、あの子どうも食が細いかも。どうかその点・・・」
その時 「あら、おふたりで何か盛り上がってられるぅ」 美央が現れた。 「あ、日曜の件。美央さんを連れ出しますってお願いしてたんで」 「えへ、というコトで女王陛下殿、こんどの日曜。森野さんに誘われちゃった」 美央は祖母の事を “女王陛下”とよく呼んでいた。
「はいはい了解。承知しました。久しぶりの外の空気、存分に吸って来なさいな」 そう言って僕を振り返り 「森野さん、くれぐれもお願いね」 何か、祈るように見つめられた美佐江さんの目が印象的だった。
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『きょうも雨の心配はなくよく晴れるでしょう。ただ日中の日差しの強さにはご注意ください』
(やっぱコンサート、ネクタイは一応しておくか。暑くなるなぁ) 着替えながら、つけっぱなしに聴いていたテレビからお天気予報が告げていた。
「ちぇッ、ええなー。ピアノコンサート。。。今度ウチも連れてってよ」 何度も部屋を覗いては妹がぼやいた。
つづく
※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、などが出現しようとも 一切の関係はございません
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