小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線82

今から打ち上げ行くけど、碧も来る?・・・あ、そう。。じゃあウチらだけで行くわ」

西崎の携帯を聞きながら思わず三好と顔を見合わせた。

このあと、戸越銀座、BARあほう鳥へ行く約束をしていたのだった。

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「て、ことで。今からどう?おふたりさん」

西崎はソファーから身を乗り出した。老眼鏡のフレームがずり落ちて、大村崑鼻メガネ状態になっている。ボサボサ頭には白髪が目立っていた。今まで意識したことは無かったが、こうして見ると西崎の老け込んでいるのがなぜか哀しい。

「先生・・・・もうしわけない。京都行きの用意とか。。。」

「えー。京都はあさってやん」

「あ、いや。出張に備え、残してる残務整理とかもろもろ・・・ここんところ、会社の方はあまり。。。」

「あ、ごめんごめん。ここんとこ、ずっと通い詰めてくれてたもんね。で三好ちゃんは?」

「え。あ、すみません先生。私も社の方に帰らねば・・・」

「って、もう8時やん。今から?」

「えぇ。。。あ。その代わり京都で打ち上げしましょうよ、みんなで」

「え、三好ちゃんも行けるの?京都」

「はい。大阪のついでですが、何とか」

「うわあ。良かったじゃん。ついでに寺島さんだっけ?」

「ええ」

「寺島さんも呼んじゃいなよ京都」

「いえそれは。。。。」

「あはは、ま、いずれにせよ京都賑やかになりそう、そっちの楽しみができたわ。なるほどね」

今夜の打ち上げを断られたショックより、すっかりと西崎の意識は、京都へと飛んでいるようだった。そのあたりの切り替えは見習うべきものがある。

また、新作の方向性が定まったことに対して、何よりの満足感というか、達成感が笑顔にあふれて居た。

先ほど寂しく感じた老け込み顔も、笑顔にすっかりと身を隠した。

若干の後ろめたさもあったが、三好菜穂子と無事に西崎邸に背を向けたのだった。

                ※

「あーはは。。。」

五反田行きの池上線、列車の席に座るなり三好が笑い始めた。

「え?」

「だって、ぶ、部長。。。あーはは」

まばらではあったが、車内は混み合って居た。周囲の目を気にしてか、三好はお腹を抱えうずくまった。大声での笑いを堪えて居るようだった。

「さっき何を言ったか覚えてます?西崎先生の前で、笑いをこらえるの必死だったですぅ」

「はい?」

「だって『出張に備え、残してる残務整理。。。』て」

「それが何か?」

「朝読む朝刊・・・後で後悔する・・・馬から落ちて落馬・・・」

「あ。」

「新人の頃、いの一番に注意されましたよ、部長から」

「え。そうだっけ」

「嫌ダァ。大人ってまったく自分勝手」

口では怒りながら、三好の顔にも屈託のない笑顔があった。

人ならぬ恋の苦しさも、もう乗り越えたと言うのだろうか。。。

               ※

「じゃあまた」

連日のように三好菜穂子と通いつめたBARあほう鳥のマスターに、そう声をかけ店を出たものの、今夜が最後かも。。。いや最後でなくとも、当分、間が空くだろうなぁ。そんな予感が走った。

ふと見上げた空。東京ではめずらしく星が散りばめられて居た。

遠く西の方、丹後地方の空を思いやった。いよいよ京都。そして。。。

高野さん。。。。

「部長、お待たせ」

化粧室で遅れた三好がようやく出てきた。

「寺島さんのことは乗り越えたのか」

「はあ?」

三好は素っ頓狂な声を出した。

「え。。。道ならぬ恋だったんだろ、寺島氏に」

三好はパタっと歩みを止めた。

「んなあ。。。。」

「だってこの前、どうしょうもない恋。。。て」

「やはり。。。。」

「なにが?」

「何もわかって無いんですね部長・・・」

「は?」

しばらく三好菜穂子は下を向き黙って居たが、ぱッと近づくや私の胸に飛び込んできた。

え。。。。。

つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。