小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 4

竜一に、『板垣』と呼ばれた男、本名 高城剛志。日本拳法6段の猛者でもある。
若い頃(昭和39年、東京オリンピックの年)一旗挙げようと九州から上京し、結局なにも出来ぬまま、大阪へ流れ着いた。 あてもなく街をぶらついている頃、田嶋社長に声かけられた。最初はボディガードから仕え、今では田嶋総業取締役常務謙秘書室長として影から田嶋家を支えている。
 また田嶋社長に待望の長男が生まれた時、長男竜一の、お守り謙教育係りを命じられ、実の父親以上に接し、将来の田嶋家を支える男になるよう鍛え上げて来た。
 その存在が NHK大河ドラマ風林火山の中の 武田晴信(信玄)の教育係り兼、筆頭家老「板垣」にそっくりなことから、周囲から「板垣さん」と呼ばれ始めた。数年前に還暦を過ぎたが、今なお道場に通い、眼光鋭い、精悍な風貌は変わらないままである。
「竜さん、何を企んでいるか、解ります。それだけに私としては、キッパリお断りします」「それより今は、怪我が治る事だけを考えて下さい」 

竜一は 頭を激しく左右に揺らせながら、手に掴んでいたスケッチブックを 病室の壁に放り投げた。
「社長が、来年府会議員に立候補されるのをご存知ですね。今後は無用な争い事は避けねばなりません」 スケッチブックを優しく拾い上げながら 板垣こと高城の声が病室に静かに響いた。

『くそーぅ。あの男、いつか絶対に倒してやる・・・』
竜一は、麻酔が覚め始め、ずきりと痛み始めたアゴを左手でそっと抑えながら心の中でつぶやいた。

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コンロの湯が沸くころ、コンビニ袋から弁当をたぐり寄せながら狂二は、ちらっとカロリー表示を見た。『毎食、この倍を食べれば 体重も、早く増えるのでは・・・』 『あの坊主頭と再び、交える事になるやろな・・・』その後朝刊をじっくり読み直し、数人のグループにやられた・・・との記述に気がついた。
『はは。。。さすがに たった一人にやられました。とは口が裂けても言えんわな、大学生の坊ちゃん』 
コンビニ袋をゴミ箱に捨てようとした時、コロンッとガムが転がる音に気付いた。
『あれ、いつの間に・・・・』ガムを拾い上げながら、店員の顔が浮かんだ。
自分に対して優しい眼差しの笑顔を 思い出していた。
自分への眼差し・・・子供の頃から誰も彼も敵意のある憎しみの眼差しかそれまでは記憶になかった。

『うーん。。。。』 狂二の周りで ゴロン。。。何かが転がり始める朝だった。 

梅雨も明け、早朝から 蝉がうるさく鳴いていた。        つづく