小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編14

岩だらけの坂道の両側を びっしり取り囲んだ見物客達が
どよめき、やがて悲鳴の様な歓声が沸き起こった。

 “ダダダ下り祭”が始まって2時間 神主を先頭に 続く氏子組の世話人集団の先導よろしく 
1トン神輿を担ぐ若者達がようやく サヤカらの目の前に降りて来たのだ。

“ゴン”達は揃いの白装束に地下足袋、紫のハッピは
いずれも汗まみれ、泥まみれに黒く染まっていた。
 それでも若者たちの顔には生気がみなぎっていた。



山頂から標高差にして 僅か100メートル。
道の距離では たったの200メートルほどに 2時間も掛かることに この神事の過酷さがわかる。

何も持たない 手ぶらの神主が 何度も尻餅をついた。
それほどの急坂なのだ。
それまでの緊張がほぐれ どっと笑う群集。

「この岩が 最後の関門やね これさえ乗り越えれば。。。」
サヤカの横で 親友 ひろ子と彼氏である今野慶一が囁きあっていた。

「どう乗り越えるか こいつは “スゴネタ”もんやな」
若き携帯ショップの店長 今野慶一が
興奮気味に喋ると 携帯を取り出して、岩に向け構えた。

サヤカが聞くと動画の録画機能があり、映像として記録されるらしい。

「あ、ええやんそれ」
いずれは 別れるであろう “ゴン”
ゴンの勇姿が記録されるのは かけがえのない宝モノのように思えた。

「できるだけ アップに撮ってね」
「神輿とちがうで、先頭の子やで」
ひろ子が サヤカのわき腹を突きながら 笑い転げた。

 やがて目の前の最後の大岩との格闘が始まった。
ゴンがまず 岩の下に飛び降り 岩に降ろされた神輿の担ぎ棒を掴んだ。

「大将 大丈夫すかあ?」
岩にひとまず乗っけた、神輿後方の若衆の一人が声をあげる。

サヤカも見覚えのある あの浜騒動の連中だ。
特訓期間中 ゴンに聞いた話では 姫路市内の大学に通う学生だったらしい。
そのウチの何人かは 柔道とか格闘技の経験者で市内ではそれなりの力自慢だったという。
が、ゴンにたった一分でやられ 大変ショックを受けかなり落ち込んでいたと言う。

最初は反目し合っていた彼らも、過酷な特訓を通してすっかり打ち解け、
今やゴンの事を“大将”と呼び 慕ってくれているらしい。

「おーし、いいから 俺の肩に乗せろ」
岩に背中をくっつけ ゴンが叫ぶ。

「ひとりじゃ 無理っすよ」
後ろのひとりが岩を駆け降りゴンの横に並んだ。
あの時 最初に殴りかかった一番の体格の持ち主だ。

「後ろ、できるだけ 担ぎ上げといてくれ、中段のサポートも頼む」
ゴンの声が山にコダマする。

そろりと二人の両肩に 1トン近い神輿が載せられ 食い込む。
骨が軋む音が 離れているサヤカらにも聞こえた。


「うわぁああ・・・・・」
思わず目を背ける サヤカ・・・・

「そら無茶やで ニイチャンら」

どよめく 観衆たちの怒号と悲鳴が飛び交う。

それでも

しっかり踏みとどまり 一歩 二歩と坂を下りる ゴンらふたり。
神輿が岩から離れると同時に 中段 後方の連中も担ぎ上げサポート。
なんとか 大岩をクリアする。

悲鳴が 大拍手と大歓声に変わった。

その後何度も休憩を繰り返し 着実に一歩ずつ下っていった。

それから何時間をかけたのだろう。
神輿の連中は 最終地点 麓の大鳥居をくぐり抜けようとしていた。

 満開の桜のトンネルが若者らを祝福するかのように咲き乱れていた。

 「あの男なら大丈夫じゃろうて。。。」
秀じぃの 声が蘇る。

何故か知らないが 感動の涙がとめどなく頬を伝う・・・

 「4月から 学校に復帰しようかな・・・」
サヤカがポツリとひろ子につぶやいた。

「えッ 何か言った?」

「う、ううん、別に・・・」

泣き顔を見られないように 横を向いたままかぶりを振った。

 

 しかし、後々振り返れば、浜での一騒動や、“ダダダ下り祭”の過酷な感動の出来事も 
あのトンデモ事件に比較すれば

 たわいのない一つの思い出に過ぎなかったのかもしれない・・・



        つづく