小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編23

雲が走っていた。
播磨灘を左右に貫く西風が強くなっていた。

本日の釣果はチヌが3匹ほど。サメはここ数日姿すら見せない。

「ゴン、今日のところは 上がりや 引き上げるぞ」
「え? えらい早いすね」

雲の間の太陽を見上げ 
あんなに高い位置にありますやん
 赤銅色に日焼けした青年の顔がそう訴えていた。



「雲や、嵐が来る」
ひとことつぶやくなり、秀じぃは操舵室に入った。

「じゃ、帰って “櫓漕ぎ”の練習でもしますかね」
半分おどけながら言った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

半月ほど前、港の船蔵の隅っこに眠ったままの小船を見つけたのだ。
ペンキは剥げ落ち、埃にまみれていた。
秀治ら家島の漁師、今でこそディーゼルエンジン付きの漁船を操ってはいるが、数十年前までは 手漕ぎ舟での漁が主流だった。

秀じぃの「ゴン、乗りたければ 何時でも教えちゃる」
の言葉に「え、本当か」
眼を輝かせた。

「どうせ 直ぐに音を上げるに決まっている。しかし、コヤツ・・・」
尋常では計れない とてつもない体力と能力を持て余している。

サヤカに聞いた話では 夜中に 庭先で “突き”や“蹴り”、
の鍛錬をしているらしい。

「それはもう、本当に凄い形相で・・・部屋の窓から見ててもなんだけど
波動ていうか、気の風が ビュンビュンこっちに伝わるていうか。。。」
なかば呆れながら口をとがらせていたものだ。

櫓を少しでも操るには 最低でも半年
意のまま、操るには 3年は掛かる といわれて来た。

実際 秀じぃの場合 もの心付いた子供の頃から馴染んで居ても、
一人前に操るまで2年は掛かった。

ところが ゴンの場合
最初の内こそ、櫓に振り回され、小船を波間に虚しく揺らすだけだったのだが、
なんと3日目には前に進むようになっていた。

櫓を握る握力、波の揺れに耐えるバランスと足腰の強さ、
何よりも 負けず嫌いな心の強さ、
すべてに於いて この男は 持ち備えていた。

過去に何があったのか知らないが 邪心の無い澄んだ瞳を見るたび 
“悪”とは無縁の とてつもない正義の力の主じゃろうて・・

秀治は確信した。

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「まったくぅ、さっきから玄関鳴らしているのにぃ・・」
いきなり、慶一の部屋に ひろ子が入ってきた。

アマ無線のヘッドホンを耳にあて 熱心に傍受していた慶一は
「うわッ」
大げさに驚いて見せた。

「ビックリするやん、いきなり で 学校は?」
「それどころやないやん、ちょっと電話貸して・・・」
言うや否や 電話の子機をつかんで居た。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あかん、サヤカんとこ、昔の黒電話のままや、留守の場合
連絡の取り様が無いわ。。。」
言いながら、子機ホルダーに戻した。

「それより、警察には どこまで言うたん?」
「肝心のとこは隠し、不審な外人3人組の事だけや」
「それでもし、サヤカらの身に何かあったら もう取り返しがつかへん」
「けど、彼の存在も黙って居た方がええ 思うたし」
「それと これは 別の話やん・・・」
こんな時、どうしたらええの。。。。

 言いながら ソファーの上で泣き崩れた

「あ、しぃーーーッ」
ヘッドホンに耳を当てながら ひとさし指を口に当てた。
「何が しぃーーやのん こんな時に 何遊んでるん」
「あ、今 韓国語が聞こえた。英語も混じっている。多分奴らや・・・静かに。。。」

「それ どういう事やの」

わめいて居たひろ子が ようやく静かになり
慶一のヘッドホンに耳を寄せて来た。


             つづく