小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編40

雨は小止みになっているものの、風は相変わらず強い。
当然、小型漁船を改造しただけの 通学船も波に揉まれ、木の葉のごとく、
揺れた。


「姉ちゃん・・・」同じタケ島に住む 小学生らがサヤカにしがみついて来た。
 よろず屋、彦さんちの近所に住む子らだ。
「大丈夫、大丈夫。ほら、タケ島 もう見えてきたやん」

事実、タケ島の桟橋が 肉眼でも見える程の距離に近づいていた。

子供らの会話を聞きながら、キムジョナンは
『どこかで聞き覚えのある声・・・それに顔も見覚えが』
先ほどから考え込んで居たのである。

「もう直ぐタケ島や、約束通り子供ら 降りてもらう」
船長の長谷川が二人組に言った。

「うむ・・・」

ガッ ル・ルルルル・・・スクリューの逆回転音が鳴り響き、
桟橋にピタリと寄せた。




サヤカは タケ島に住む 小学生ら3人を先に下船させた。

ザ、ザバーーン。波が激しく桟橋に叩きつけた。
 船が大きく揺れる。

「う、ウヒャー」安心感から、サヤカがわざと素っ頓狂な声を挙げた。

「あッ お前・・・」
キムジョナンは 繰り返し観た動画サイト あの“ダダダ下り祭”に

も 今と同じ声を聞いたのを思い出した。それに・・
横顔・・・あの画面に何度か ちらちらと映っていた顔だ。間違いない。
少なくとも あの男を知っているはずだ。
「一寸待て聞きたいことがある」
サヤカの腕を引っ張り、船に戻した。

「ちょ、ちょっと 何やの、離してよ」
船長の長谷川も 「おいっ 約束だろが、離せ」

声を無視し、キムは
右手で捉まえていた用務員を相棒の リ・スンヨクに預け、
左手で捉まえていたサヤカを右手に変えた。

「痛ッ・・・」
腕をねじられ 激痛が走る。

「船長、云う事を聞かなければ この腕をへし折る」
続けて
「ウメ島や・・・海が荒れないうち 早く出航や。 こいつもしばらく付き合ってもらう」

先に降りた小学生らは 「お姉ちゃんッ」
心配そうに事の成り行きを見守っていたが、

「早よ 帰り」追い払うようなサヤカの声を合図に
「うわ~あぁぁぁ」泣き叫びながら走り去ってしまった。

『よろず屋、彦さんから・・・』
サヤカには あの子らの口から 必ず よろず屋、彦さん。
そして、秀じぃ、ゴン・・・へと 伝わってくれるとの期待があった。。。。

同時に 後ろポケットの携帯に触れた。

『ワンタッチボタン・・・』
ツータッチで あの大阪の番号を呼び出してくれる筈・・・

ここタケ島は “圏外”じゃないもの。

どうか お願い・・・この状況をどうにか伝えて・・
生まれて初めて 真剣に祈り続けた。

「はい、はいっ わかった って、だから腕を離して」

「サヤカちゃん・・・」
船長が心配そうに声を掛けた。
「大丈夫や、これ以上、荒れない間に出航や」

「ええのか」

 こくッ・・・無言で頷くサヤカ

ガッ ガルルルル・・・
エンジン音が響き 波を掻き分け Uターンした。

 タケ島が ドンドン 遠ざかり、やがて小さなけし粒程の姿になって行った。




           つづく