民宿“はせ川”の 女将 長谷川千代は 笑顔でヒロシを迎えてくれた。
「あれまあ、お客さん 海 相当荒れたでしょう。ようお越し」
「少し早いが、あいにくの天気や。着替えと 荷物を置かせてもらいに来た」
「へえへえ、どうぞどうぞ かましまへん」
「女将さん なんぞ変わった事 無いか」
云いながらぐるりと 見渡した。
民宿内は この時期、さらに生憎の天気という事もあって、閑散としていた。
宿泊客はヒロシだけのようである。
「へぇ、それがお客さん・・・」
「何ぞ、あったんか」
「実は・・朝方 駐在さんとこでボヤ騒ぎありましたんや、それと島じゅうの電話が不通になりましたんや、携帯も。なんか気味悪うて」
「駐在?」
当然、島に存在していても不思議ではないのだろうが
何となく 素朴な島と不釣合いな気がした。
「急きょ、消防団員の船で 姫路市内の病院に運ばれましてん。命には別条ないそうやけど」
フェリーに乗る前に見た 病院前に群がっていた 姫路署のパトカーを思い出した。
『ま、関連はないだろうけど』
先ほどから ちらちら時計を見ていた女将が
「しかし。遅いなぁ ウチの亭主・・」
「買出しでも?」
「いえ、通学船・・・隣島に通う子供らの為に 船を出してやってるんですわ。島の教育委員会から委託されて」
「とっくに帰って来てもオカシクない時間やのに・・・」
「来る途中、学校が見えたが、そこの子らか」
「そうですねん」
着替えを終えたら、神社へ行く前に 寄ってみるか・・・
「では ごゆっくり・・・」
部屋に案内を終えると、階下に降りて行った。
※
出航と同時に二人組みらは サヤカの元を離れて船のキャビン室に向かった。
右手で 尻ポケットの携帯を掴む。
後ろ手のまま クリップを開け、全神経を集中させた。
親指をなぞっていく。
上から二番目の突起。
さらに 下 そして 中央部の突起。。。と
続けて押した。
『お願い。。。。』
どうか つながりますように・・必死で祈る
キャビン室では まだ言い合いをしているが、
時おりこちらを振り返るものだから、携帯を取り出す訳には行かない。
後ろ向きに体を捻った。携帯を持ち上げ 画面を見る。
『ヤッター』無事 大阪のあの番号をコールしていた。
しばらくし、通話表示になったのを確認した!
そのまま、尻ポケットに収め キャビン室に向かった。
男らが不審そうに振り返る。
「ねぇ、タケ島を離れて どこへ行くと云うのん、ウメ島てどこやの」
できるだけ大きい声で がなりたてた。
お尻の携帯の向こう側に聞こえるように・・・
※
丁度そのころ 秀じぃの家に
よろず屋、彦さんが 駆け込んで来た。
秀じぃは 船の様子を見に出かけて留守だった。
ゴンが出て行くと
「大変や・・・・サヤカちゃんが」
「何ですねん」
胸の鼓動が早くなるのを 感じた。
つづく