小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編47

横殴りの雨が コージの全身を叩きつける。
高さ8メートルもの大波が目の前に襲いくる。
だが 視線はしっかりと前方を見据え 両足は和船の底板をしっかり踏んづけ、小船の揺れに身を任せた。
櫓を握る手は痺れを通り越し一定のリズムを奏でた。
波頭の頂上が崩れ落ちる寸前に、波間を突破する。



全長わずか7メートルほどの小船を漕ぎ出して かれこれ小一時間・・・
いつしか 船のすべてはコージと一体化していた。
コージの思うすべては 小船の意思であるかのごとく波を超え、
波濤をくぐりぬけ突き進んだ。

さらに970ミリバールという台風並みに発達した低気圧の風圧が 
コージの背中を押した。
波の上を飛ぶように跳ねて行った。

               ※
「坂本君 これ以上スピードは無理なのか」
クルーザーはようやく明石大橋をくぐり抜けた。
目指す家島諸島まであと少しというところでスピードが
ガクンと落ちた。
波のうねりは想像以上に大きかった。

船体が雨・風だけでなく 波に 叩きつけられ悲鳴を上げているかの
叫びを発した。

「常務、半端じゃない向かい風す。ところであの
お嬢さん 載せてきたけど大丈夫すか」
「彼女なら今のところ大丈夫だ。むしろ船酔いの竜さんの介抱を
してたぐらいだ」

出航前に田嶋竜一とも連絡が取れ ぎりぎり間に合ったのだ。
竜一はコージが行方不明のあと 大学も中退し築港冷凍倉庫に勤めていた。
「えっ あの狂犬野郎の消息つかめたんすか」
寝入りばなをたたき起こされ不機嫌ながらも コージの名を聞くと
嬉々として 駆けつけてきたのだ。
冷凍倉庫しかも 昼夜逆転の夜勤勤務による睡眠不足と 
おそらく初めて経験したであろう荒波での航海に
強烈な船酔いが襲っていたのだ。

                ※
「おい、小僧 起きろ あれがウメ島だ」
船長の長谷川が前方を見つめながら叫んだ。
サヤカにはその目が悲しそうに見えた。
『一体この島には何があるのだろう・・・
に、してもこいつら何者やねん』

キャビンの底板にへばりつくように臥せっていた
キムジョナンと仲間の リ・スンヨクはよろめきながら
立ち上がった。
荒れ狂う海で すっかり参っていたようだ。
だが 全員ウメ島に上陸するのが 賢明や・・・

尋常ではない 海の荒れを眺めながら 長谷川が判断した。

ウメ島を取り巻くように 波が荒れ狂っている。
「おい オヤジ 接岸大丈夫か」
ようやく陸(おか)に上がれるという安堵感からか
キムジョナンの口調は穏やかになっていた。

「任せておけ ワシはこの道50年や、それに
 ココには大型タンカーでも接岸できる港がある。。。」

大波に押し戻されそうになりながらも 着実に岸壁に近づいた。

「地図にも載らない島にしては 立派な建物があるじゃないか」
コンクリートむき出しの建物を指差し キムがつぶやく。

前進後退を繰り返しながらも ようやく接岸に成功した。
60代半ばと言う歳の割りには身軽さで ひょいっと飛び降りた
長谷川がロープを岸壁に縛り付けた。

用務員、サヤカ合わせて5人全員 無事に上陸した。
しかし陸も当然のごとく台風並みの風雨が容赦なく全員を叩きつけた。
避難場所として キムが先ほど指差したコンクリートの建物を目指して
歩く。
 建物の窓枠やらドアの金属部分は殆どサビついていた。
長谷川が錆び付いたドアのノブを廻してもビクともしない。

「オヤジ どいておれ」
云うなり キムが ドアに向かってとび蹴りをかます

バターンッ 派手な音をたて ドアごとぶっ飛ぶ。
埃が吹き上がる・・・しかし横風と共に飛び込む雨が砂ぼこリを
鎮める。
「無茶な・・・雨、風が吹き抜けるじゃないか」
云いながら長谷川を先頭に建物に入った。

真っ暗で カビ臭い匂いが充満していた。

「確かこのあたりにスイッチが・・・」
長谷川が壁に手を這わせ 電灯のスイッチをさがす。

バチン 確かな音と共に明かりが灯る。

おそらく会議室として利用されてきたのだろう テーブルとパイプ椅子
だけの部屋に落ち着く事にした。
「しかしお前ら この島のこと誰に聞いた。それに一体何の用があるのだ」

「今に分かる・・・・」言いながら
キムジョナンがポケットから 携帯電話と小型無線両方を取り出した。



        つづく