小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編54

外苑前から飛び乗ったタクシーの運転手は東北出身らしく、
「お客さん 東京駅なら地下鉄の方が早くないだべか」
如何にも朴訥を絵に描いたような初老の運転手だ。
上着の袖を捲くった。腕時計は16時半少しを回っていた。

山陰日々新聞 記者 寺島は 携帯のフリップを開けた。
柴犬のチャッピーが笑っている。
帰宅はもう少し先になりそうだが、我慢してくれ・・・
携帯の壁紙に 頭を下げる。

「確かに地下鉄の方が早いかも。ただ携帯を掛けるには タクシーが一番なんでね」



云いながら ワンタッチ登録の二番目をプッシュした。
政治部 部長の携帯だ。
加治川部長はワンコールで出た。

こちらからの連絡を 首を長くして待っていたのか。。。

「寺島です・・・あ、はい 今から姫路方面 ちょいと
寄り道して帰りますので・・・・・
多分 現地着は21時から21時半 ですから 今夜中は無理かと・・・・」
「・・・・・・・!」
怒鳴り声が受話口の小さな穴から 響いた。
顔をしかめ、携帯を耳から遠ざける。 

「はい・・・十分にわかってます。今度ばかりは・・・トンでもないネタを仕入れましたんで・・・はい。また都度 連絡しますので」
云い終えると一方的に切った。

小雨がタクシーの窓をパラパラ濡らし始めた。

『いよいよ関東にも近づきなすったか 温帯低気圧
「ラジオのボリューム上げてくれます ニュース、天気予報・・・」
寺島の携帯に 気を利かせ ラジオのボリュームを絞ってくれていたのだ。

〔政府も発表の熱帯性低気圧は関西から中部方面で停滞・・・関東地方は今のところ晴れ間も見え・・・〕


西日本は低気圧の停滞中か・・・おそらくフェリーは絶望・・・
『島に渡るには・・・果てさて・・・』
「お客さん まだ仕事ですかい。大変ですのぅ」

官邸職員 細川から聞き出した テロ組織 そして迫り来る危機状況
、先程の会話を頭の中で 反芻した。

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「先輩・・・あえて先輩と呼ばせてもらいます。この情報は私の口から漏れたなどと、決して」

「わ、わかった。同じ島根県人として、またA木代議士の面子を立てる為にも約束する」

「で、今から島根へ?」
「いや、取材やがな取材 家島諸島・・」
「無茶な・・・危険が・・・」
「わしら 危険がどうのこうのて、選択する暇など無いんや・・
じゃッ そろそろ行くわ」
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「大変もなにも。我が国 始まって以来の一大事・・・」

思わず口から出そうになったが、かろうじて堪(こら)えた。
目の前の 初老の運転手に危機的状況を説明したところで
無用な不安を煽りたてるだけだろう。

天気予報のあと、カーラジオから演歌が流れてきた。

〔兄弟船は 俺と兄貴のヨー 夢の揺り籠ーさー♪〕

はッ そうだ!漁師 漁船・・・

竹島取材では いつも漁師船の世話になっていたものだ。
山陰と若干の違いがあるにせよ、漁師たちの心意気には慣れていた。
何とかなるだろう・・・
だが 漁業協同組合の助けが必要だろう。

意を決して 先程一方的に切った 携帯の相手を再び呼び出した。

「あ、部長 先程はすんません・・・何しろ トンネルに突入したので・・・
 で、姫路方面の漁協組合の電話番号を調べて欲しいんですが・・・」

「・・・!」

受話口の向こうから 大声で 「阿保!」怒鳴る声がした。
が 寺島は予想していた。

怒鳴りながらも やがて分厚い電話帳に手を伸ばすであろう部長の腕を。


             ※

 「すみません ご厄介になります」
ペコリと頭を下げ 古庄多美恵は 秀じぃとサヤカの後に続いた。

「遠慮なくどうぞ しかし荒れた海 大変だったでしょう」
「都会の大阪と違って何もありませんが 遠慮なくどーぞ」

少し不機嫌ぎみにサヤカが続けた。

「あなたなのね 電話をくれた・・・」
多美恵がボストンバッグを居間への上がりかまちに置きながら云った。

サヤカは部屋を指差し
「ココがゴンの部屋・・・」云って 
「あ、コージさんて云うのでした あの子。。。」

「本当にお世話になりました。それに。。命の恩人なのですね」

サヤカは多美恵をジロジロ眺めながら 
「で、貴女とは どーゆー関係?」

「サヤカ 疲れてるやろ まずは風呂や、風呂」
秀じぃが 云った。

「それより ゴン あれから また何処へ行ったん あの人らの船で
こんな嵐やのに」

「ちょいと用事があるんや」

「どんな用事やの 秀じぃの嘘つき!」

「サヤカ・・・さん で良かったかしら、サヤカさん・・」

「放っておいて・・・」

顔を両手で覆いながら 部屋を出て行った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
            ※
で、その ゴンことコージら一行(中岡社長、高城常務、坂本社長、それに田嶋社長の息子 竜一)であるが、
マツ島公民館で
島の連中 それに“ダダダ下り祭”での学生グループそれに
初めて見る高城常務の情報屋こと佐々木ら皆に囲まれ テロ対策の作戦を聞いていた。

横では キムジョナン、リ・スンヨク、ローレンスら三人が
神妙な顔でかしこまっている。

「嵐もそろそろ 過ぎたんとちゃう?」
誰かが云った

「あほ 今から 本当の嵐やん」

 とんでもない 嵐が吹きあれる戦いが 始まろうとしていた。



        つづく