小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編59 最終章前編

首相官邸では 表向きの
「西日本熱帯性低気圧発達に関する危機対策センター」に 川村官房長官に伴われて
 関東電機大学工学部原子力応用学科 山澤克哉教授が入ってきた。

『やっとか・・・もっと早く連れて来いちゅうに』
官邸職員の細川が毒づいた。

福谷首相が、いの一番に声を掛けた。
「教授 ご足労をおかけしました 極秘裏に連れてこられた理由は、もうお聞きかと」

晩飯時に晩酌でもしたのだろう。赤ら顔でふらつきながら危機センターに入ってきた教授は 居並ぶ諸大臣、秘書官、職員 を舐め回すように 眺めたあと、
「失礼して 座らせてもらうよ」
どっこいしょ 大げさな掛け声と共に 椅子に座った。


女子職員が運んできたコップのミネラルウォーターをごくりと一口飲んで、
マイクを手元に手繰り寄せるや とうとうと元素の周期表から説明を始めた。

「あ、教授 本日は プルトニウムの影響及びなにか回避方法があるかどうかのご教授をお願いしたく・・・・」

「わかっとる・・・」
中断に ぶ然としながら 首相を睨み付けた。

「首相、そもそもやね」
一同を睨み付けたあと、再び講義が始まった
プルトニウム (Plutonium) は原子番号 94 の元素である。元素記号はPu。アクチノイド元素の一つ。超ウラン元素でもある。そう、自然界には存在しない、人工的に作られる放射性元素である。プルトニウム239、241その他いくつかの同位体が存在している。半減期プルトニウム239の場合約2万4000年(アルファ崩壊による)・・・・・・」

「講釈はあとでも・・・」
「首相 要するにやね ワシが言いたいのは 放射性物質ちゅうことなんです。
おまけに 同位体の半減には 二万4000千年もの月日が、あ、二年と違うよ、
二万4000年・・・・」

「教授、テロリストの手により 爆破 破壊が加えられた時の影響は?」
たまらず 川村官房長官が聞いた。

「はっきり云って プルトニウムの量にもよるが 20キロとして 1945年8月9日
長崎原爆投下並みの影響やね」

「百キロ・・・であるとするならば、その5倍ですか」

教授は返事もせず コクリとうなずいた。
「なんという」
会場は騒然となった。

公安委員長 プルトニウムを掘り出し 回避させる計画はどうなったのかね」
「はい 直ちに指令を出しては居るのですが あいにくの荒天、時化続きの海では
 現場に近づく事も困難と思われ・・・」
「はあ? 思われ・・・ ですと?じゃあ具体的にはまだ行動させては居なかったのですね」
「同行予定の放射能漏れ防止の専門家の到着が遅れてますし」

『また お得意の劇が始まった・・・やれやれ』
細川が 腕時計を確認し 敵からのメールがもうそろそろか・・・
そう思ったとき

「ガラスや」
山澤教授が立ち上がり いきなり叫んだ。

「教授 今 何と・・・」
「もし そいつが硝子で覆いつくして居たならば 放射漏れの心配はないのだ」
「川村君 そのあたりは」
「は、今では 廃棄処理の際 硝子体での固体化は常識化しておりますが 果たして
20数年前 その知識があったかどうか はなはだ疑問でして・・・」

「うーむ・・・」

なんの進展もないまま 官邸の時間が流れた

『あの記者 今頃どうしてるかなぁ。。。』

                  ※
山陰日々新聞 記者 寺島は 赤穂の若い漁師が操る漁船にしがみついていた。
雨 風 は殆んど止んではいたが 海上の波は相変わらずだった。

「凄い雲の塊りだったぜ」
漁師が 操舵室に備えた PC画面を指差しながら叫んだ。
気象衛星からの情報が 刻々と映し出されるらしい。ふと船内を見渡せば
液晶の画面がアチコチにある。魚群探知機は当然だろうが、見知らぬ機器が
ビッシリ積んであった。

「ここでは 漁師も情報化社会なのか」
 手すりにしがみつきながら尋ねた。
「はは、 こんな装備してるのは おそらく俺だけやろね」

襲い来る波を悠然と避け、時には乗り越え 船を操作しながら答えた。
『なるほど。。赤穂一の漁師か・・・』

「ん?前方に タンカーの影・・いよいよ あのタンカーと違うか」
監視レーダーらしき画面を見ながら云った。

寺島は キャビンから身を乗り出し 沖合いを見つめた。

低く横たわる島影のような 巨大なオイルタンカーが停泊していた。

嵐の前の静けさの如く あたりの海面は一見穏やかだった。
                   ※

「しかし間近に見るとタンカーて巨大やの」
横付けになった漁船の舳先でヒロシが叫んだ。
「全長300メートルはある」
大沢が答えた。

「団長 ワシらも一緒に乗り込まんで良いすかぁ」
漁船を操作して来た 島岡と森田が云った

「ワシら帰りの船がなくなると困るがな しばらく相手に見えんように このあたり 流しておいてくれ」

「では ご無事に・・・」

「じゃあ ローレンス、リ・スンヨク 乗り込むぞ」
キムジョナンが一同を振り返り
「しばらく ローレンスとワシらに捕まった人質のフリをお願いします」
 頭を下げながら云った。
「わかった、わかったって、敵に見られたらどないするねん 堂々と昇れや」

ヒロシが声を張り上げた。

風が その声を掻き消した。
波が大きくうねった。

久しぶりに 大暴れすっか・・・・

ゴンこと その昔狂犬と呼ばれた コージがタラップを握り締めた。

「無茶すんなよ 久しぶりやから」
後ろで 田嶋竜一が小声で言った。

「るせえ・・・若ボン」

あ、その言い方やめろよな・・・。
返ってくるかと思ったが 聞こえるのは 波の音だけだった。

学生グループのリーダー格 鶴野健太が竜一の後を昇った。 
高城常務 情報屋の佐々木 坂本社長 それに中岡社長までもが 後に続いていた。


        つづく