小説の杜

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続・狂二 波濤編62 最終章後編 その一

最初にヒロシが気づいた。
ロープで縛られていた筈のテロ兵士が 後ろ手で無線を呼び出していた。
「あー この野郎、無線を呼び出してやがる」
云いながら無線機を操作していた片腕を蹴り上げた。
皆が振り向くと 最初にキムに顔面をやられ 最初に倒れこんだ兵士だった。

「何やらガーガーと雑音が聞こえ、オカシイ思ったぜ」
蹴り上げられた無線機はガラガラと音を立て 床を這った。




キムがすばやく拾い上げる。

受話口から「How did you do?(どうかしたのか)」
何度も繰り返す声が聞こえていた。
「It is nothing(なんでもない)」
平然とキムが代わりに答える。
「・・・・OK」
OKの返事は、しばらくの沈黙の後だった。

「やばい 急ごう 奴ら気づいた筈だ」

「じゃあ、みな最後はブリッジ 操舵室で合おう」
大沢が云った
「え?一緒の行動の方が良いと思いますが・・・」
佐々木が振り返った。
「いや、すぐ追いつく ちーとばかり やらねばいけん事があるけんのぅ」

そしてキムに向かって

「すまんが 弟分の リ・スンヨク君をお借りしたい
リュックに道具一式入っているんだろ」
リ・スンヨクが背負うリュックを指差した。

リ・スンヨクはキムと共に配属されていた祖国の特殊実践部隊では
主に爆破とか工作係りが専門だった。
大沢の言うとおりリュックには爆破小道具が
忍ばせてあった。

「えッ なぜそれを・・・」
「もう忘れたんかいのぅ 晩飯の時 ひ弱そうな彼に 
一体何の芸があるんか?て尋ねた時 得意げに工作知識を披露してくれた
やないか 交番の爆破騒ぎも、電話線の破壊も彼だろ」 

キムは「あッ」と一瞬唸った。
そういえばあの民宿でご馳走になった時
リ・スンヨクの隣で しきりとビールを勧めていた大沢の顔を思い出した。

『はは、そういう事か・・・』
キムは笑うしかなかった。

「じゃあ スンヨク そういう事だ このオヤジの云う事をしっかり聞くように」 

ついでにこれも持っておけ。
云いながら 兵士から取り上げていた 機関銃も渡した。

「あー折角の銃を・・・」ヒロシが嘆いた
「また次 兵隊から頂くさ・・・俺には拳(コブシ)の方が頼りになる」

「急ごう」佐々木が促した
二人を残して エンジンルームを出た。

                 ※
山の頂上から吹き降ろしていた風の向きが変わった。

いつのまにか 海側から吹き始めていた。
汗ばんだ 秀じぃの体には
丁度具合が良かった。

闇夜でも見えるほど白さが目立つ播磨灘の波頭だったのだが
いつの間にか消えていた。

『時化もそろそろ終わりじゃ』

ガキッ

何度目かのツルハシの先に手ごたえがあった。

はは・・・これじゃろか・・・

山には場違いなコンクリートの手ごたえだった。

狙い通り コンクリートは 土の中で20数年の年月と共に
劣化を起こし始め、表面こそ硬さが残っていたものの 
しばらくツルハシを続けると 粉々に崩れた。

傍らのスコップに持ち替え コンクリート混じりの土をすくい上げ始めた。

どれほど作業を繰り返しただろうか。

やがてカキーン・・・

鼓膜に金属製の音が響いた。

掘り下げた穴に体を落とし、表面の土を手で“そっと”払いのけた。
しばらく覗きこむと
それは金属ではなく 硝子の様でもあった。

その表面に 丸い光が浮かんだ。

えッ?

思わず体をひねり空を見上げた。

嵐の雲に覆われ、漆黒の闇だったはずの空には
ぽっかり満月が浮かんでいた・・・・


      つづく