小説の杜

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続・狂二 波濤編64 最終章後編その三

午前1時を回っても テロリストからの連絡は途絶えたままの首相官邸
対策本部では 全員眠気が充満していた。
「奴らから連絡があったら起こしてくれ」
福谷首相が椅子の背もたれに体を預け、うとうと 始めた。
それをきっかけに 何人かの大臣連中も テーブルに臥せ始めだした。

「ちぇっ 何だこいつら・・・」
官邸職員の細川は 胸ポケットからこっそりと携帯を取り出した。




最初 単なるいつもの癖で、 電源を入れただけだったのだが、
フト思い付き YHAAAケータイに
アクセスし、お天気の気象衛星サイトを呼び出してみた。

関西地方をクリックした時 「えッ」
思わず叫んでしまった。

季節外れの暴風雨をもたらす 雲に覆われているものだと思い込んでいたのだが、
雨雲を表す白い画像は東の方に移り始め、西日本は高気圧の圏内に入りつつあった。

寝ぼけ始めているのか 一瞬不安になり 何度も目をこすったが 間違いなかった。
つい先程 対策本部で発表が行われた西日本の気象状況は 
台風並みに発達した低気圧が居座ったまま。と聞かされたばかりだからだ。

『テロリスト撃退に出動出来るやないか』
だからといって 一職員である細川
直接の発言はご法度である。ましてや情報源がケータイの
お天気サイトであるなど 言えやしない。

直属の上司を探してみた。

英語に堪能な細川だからこそ 会議テーブルの末席に座らせてもらっていたのだが、
上司は、事務室と会議室との 会議資料の運び役をやらされ 先程来、出たり入ったりを繰り返していた筈である。

が、一向に現れない。痺れを切らし 「少し 失礼」隣の職員に声を掛け席を立った。

会議室を出ると ロビーはマスメディアの記者連中で溢れかえっていた。
皆 所在なげに 携帯をいじる者。ソファーにもたれ腕組みのまま居眠りをする者。
『ご苦労なことで』
記者らの集団をすり抜けようとした時 
彼らに混じって 談笑する上司を見つけた。

「東野課長 少しお話が」
「どうした細川君 何か進展でも」
記者連中との無駄話を中座され 不機嫌そうな顔の東野が振り向いた。

査定に響くのかな・・・ま、そんなことどっちだってイイや。

東野課長を ロビーの隅に引っ張って来 携帯の画面を見せた。
「課長 見てください これを」
「え、いきなり何だね」
しばらく見つめたあと

「これがどうかしたのかね」
きょとんとした顔で細川を見た。
「え 気が付きませんか 西日本の天気図」
「あ、そういえば・・・」
何度も携帯の画面を見たあと
「この事は 中の連中には?」
「私からの口から言えやしませんよ」

言えるぐらいなら わざわざ課長を探すものか・・・
心の中で つぶやいていた。

               ※
満月を映し出した 不気味に光るガラス体の「ある部分」を見つめながら
田嶋秀治は昔を思い出し、「やはり想像した通りだったわぃ」
満月の空を見上げ 笑った。

一卵性双生児で生まれた 秀治と竜太。
秀治には 弟 竜太のすることなす事 不思議と何でも読み取れた。
おそらく 竜太にとっても 兄 秀治の事も お見通しだったのかも
知れない。

竜太の行動は 奴特有のクセがあった。
それは 
〔何事も先の事を読んだ上でしか行動を起こさない〕
というものだった。
平たく言えば 将来の事を思案した上での 現、行動・・・

唯一 例外の行動のように思われた この事件だったのだが、

土にまみれた“それ”は 如何にも奴らしいクセが漂っていた。

何年後かに きっと掘り出す。あるいは掘り出されるであろう事
を予見した如く、
ガラス体の周囲にステンレスの金具が取り付けてあった。
その金具は リング状になっており、ロープでも何でも 引っ掛けやすく加工が施されてあった。

多分そうじゃないかな・・
そういう状況を頭に浮かべ 家を出るとき ロープを用意してきた自分も
可笑しかったのだ。

さっそく・・・ロープを引っ掛け、引っ張り上げてみた。

だが 引っ張ってみたものの 
「うーむ」

考え込んでしまった。

ガラス体のそれは ビクともしなかったのである。

百キロクラスの“鮫”と格闘して来た秀治にとって 百なら持ち上げられる自信は
あったのだが、
どうやら“そいつ”は頑丈に 幾重にも囲みが施され 倍の二百キロ近い重量と思われた。

「果てさて・・・」
もう一度 全身に力を込め唸ってみた。

やはり結果は同じく 微動だにしない。

途方に暮れかかった時

ガサッ 崖下の方で 草木が揺れる音が鳴った。

振り向いた時

「いよッ やはりここに居ったんかい」

手に懐中電灯を持ち、黄色の雨ガッパのフードをたくし上げる 長谷川の顔が笑っていた。

「どうして此処を」

「サヤカんから電話をもらってのぅ。可哀想に電話の向うで泣いとったわ」

「まだ起きてたんか サヤカ・・・煙草持ってるか」

「ハイライトは無いけどな」

笑いながら セブンスターを尻ポケットから出した。

「一仕事前に 一服すっか」
二人並んで 海の方を見た。

「海の連中 無事かのぅ・・・」
「ああ、奴らなら 何とかするやろぅけん」
「おまはんとこに居たカラのデカイ奴 あ奴は凄いぞッ」
「ゴンな・・・確かに凄いのぅ」

 遠くで 海鳴りが響いていた。



       つづく