小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

続・狂二 波濤編66 最終章後編その五

「おっさんよー、ほんまに乗り込むんけ」
タオルで捻りハチマキの若い漁師 小栗が云った。
「ああ・・・ここまで有難う」
タンカー横壁のタラップに手をかけたまま 寺島が返した。
ふと漁船に書かれた 「晴美丸」の文字を思い出し、
「晴美丸の晴美て・・・」尋ねた。




「はは・・・よくある話で、これよ」
小指を突き出し 臆することなく満面の笑顔を向けた。
「やはり・・・ワシの女房とおんなじ名前か」
「えっ そうなんや、じゃあ美人だな きっと」
「ああ、島根小町てあだ名がついてたな、20年も前の話やが・・・
じゃ そろそろ行くわ」
「ワシ 時化も収まったけん しばらく仕掛けを流しとくけん、
何かあったらあの上から大声で叫んでくれや」
「漁業権とか縄張りは大丈夫かぁ」
「平気平気 ここいら一帯、ワシら赤穂の漁師の第二の古里みたいなものやけん」

タラップの上まで昇った時 寺島はようやく気づいた。

「仕掛けなど 用意していなかった筈・・・ワシに遠慮させまいとしてあんな嘘を・・・」
見下ろすと いつまでもこちらを見上げ 手を振っていた。

                ※
ゴンらは原油タンカー唯一の居住区とも云うべき “ハウス”前にたどりついた。

大沢から見せられたタンカーの見取り図では 事務室を始め、
ベッドルーム、リビングルーム、食堂など何室もある。

そしてハウスから操舵室へと繋がっているのだ。

人質になった乗リ組員が閉じ込められている筈だとローレンスから聞かされていた。

「極力 拳銃やAK銃は使わない、まずわしらがすべきは 乗員の解放や」
ヒロシから預かった拳銃の安全装置を確認しながら佐々木が云った。
テロリストから取り上げた AK47機関銃は操作に手慣れているキムジョナンが抱きかかえていた。

「そうは云っても奴らから撃って来られたら・・・」
ヒロシが不満げな顔をしかめた。

「先程 キムとローレンスに確認したのだが、ココの連中はローレンスとキムが寝返ったとは気づいていない様子。
いきなりの射撃は無いと思う」
佐々木が断言した。

船内




全員耳を澄まし ハウスの様子を探る。が、船内の轟音にかき消されてしまった。

「この轟音のおかげで ワシらとテロリストとの騒ぎも奴らに伝わらなかったのだろう」
壁に耳をあてながら高城が佐々木を振り返った。

「ジャア ミナサン オーケー?」
ローレンスが片言の日本語を叫んだ。

「いつでもOKや」
ゴンは拳(こぶし)に力を込めた。

                  ※
官邸職員の細川と上司の東野との会話を
 関東電機大学 原子力化学科教授 山澤が聞いていた。

 記者らとの談笑の輪に居たのに細川は気づかなかったのだ。

「あ、教授 まだ居られたのですか!?」
「たしか君は・・・わしの難しい話を一番熱心に聞いてくれてたね、
はは・・あれから官邸内で迷子になって帰りそびれて・・・」頭を掻いた。

おそらくこの教授は 晩酌時無理矢理、官邸に連れてこられて居たのだ。
真っ赤な顔も 酔いが覚め 普段どおりに戻っているようだった。

「家島地方の天候は回復したのかい」

「おそらく・・・」携帯の画面を呼び出し教授に示した。

「よし、ウメ島や・・・今からプルトニウムの確保にワシが行く」
「えッ そんなあ・・・この時間新幹線も」
「君 何の為の 官邸なのかね 自衛隊ヘリを飛ばしてもらう」

あっけにとられている東野や細川を尻目に スタスタと
危機管理対策会議室に入って行った。


      つづく