小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その2

峠道を再び走りながら栗原は (なんでまたこんな所に逃げ込みやがった・・・) そうつぶやくと あることに気付いた。 (まてよ、本当に逃げるなら 市街地だろが、すれ違ったあの手前には 市街地へ抜ける交差点が幾つもあったはずだ)

いずれにせよ急がねばならない。 「仕事場の近くでのイザコザは御免や・・」

対向車や、後続車が居ないのを確認すると、 峠のコーナーを久しぶりのフルバンク。いわゆる“ヒザ擦り”姿勢で攻めた。 スピードメーターは軽く80を超えてるだろう。

白浜冷凍を過ぎた頃、アクセルを戻し 軽く前輪ブレーキレバーを握り、リアブレーキペダルも踏み込む。 峠道に静寂が戻る。 耳を済ませてみたが 周囲からバイク音や、怒号は聞こえない。

(やはり海岸側まで追い込んだか、それにしても・・・ あの原付 えらいスピードやないか・・リミッターカットを交換の改造バイクか・・)

白浜冷凍を過ぎると 下り坂になる。 所どころでクラッチを切り、惰性でそろりエンジン音を消しながら下っていく。

案の定 海岸側から 怒号が聞こえ始めた。

「くッ あんなに多勢で・・・たった一台を。ここでリンチ事件は勘弁ぞ」

フロントブレーキ開放、アクセル全開で急加速する。

前方に数十台のバイクが横倒しに散乱しているのが見えた。

「おい お前ら・・・大勢で・・やめとけ・・・」 脱いだヘルメットをシートに置き、砂利道を走る。

「えッ!?」思わず立ち止まる。

栗原の視界には 予想外な光景が広がっていた。

額やら口から血を流しうずくまっているのは 追い駆けていただろうの少年たちで、 原付に乗っていたであろう男といえば・・

かろうじて残っている数人相手に 蹴りや突きを見舞っていた。 存分に暴れまわったのだろう、肩で息をしている。 しかし 暗闇で 顔立ちは まったく見えなかったが、その闘う“様”は 如何にも修羅場を十分くぐり抜けて来た 一種の“気”を発散させている。

追い込んだ方のひとりが 鉄パイプを振り回しはじめた。

ゴッ・・・

鈍い音が原付男の周囲で響く。 クロスした両腕に鉄パイプを食い込ませると、同時に “体”をかわす。軽くステップを踏み、少年の横に廻りこみながら 鉄パイプを簡単に奪う。

奪った鉄パイプを 棒術がごとく 空中で回転、 “型”のステップを踏み、鉄パイプを意のままに操る。 「ふんッ、ふんッ」 低く押し殺した掛け声を暗闇に押し出しながら少年めがけ 鉄パイプを突きはじめる。 三度目の突きが 腹に命中。

「ぐはッ」 2メートルは後ろへすっ飛んだろう。

すっ飛んだ少年めがけ 鉄パイプを振り下ろしかける。

「や、やめろー」 栗原が叫びながら駆け寄る。 「それ以上やれば死んでまう」

栗原の声に男が振り向く。

暗闇とは云え、姿が見えなかった筈だ。 その原付野郎は 黒衣装で全身をまとい、黒色ニットの目だし帽を被っていた。

身長は栗原と同じ180前後だろう。 だが、異様に発達した筋肉の盛り上がりが 衣装を通してでも解る。

目出し帽から見える“目”だけでは 年齢や人相は勿論のこと 国籍さえも判別できなかった。

栗原に身構えながら擦り寄ってきた。

栗原も全神経を拳、足に集中させ、身構えた。

白浜冷凍、坂本社長が自費で開く拳法道場。 その師範代 空手5段の栗原とは云え、 得体の知れない相手に 緊張が走った。

「はッ」 気を発しながら 男が蹴り込んできた。 初めて経験する“キレ”だ かろうじて交わしながら 上段正拳突きを返す。

! 栗原の 突きや、身構える“型”に 少し意外そうな反応を見せる。

南紀の潮風が吹いた。 潮のざわめきが ようやく聞こえた。 倒れていた少年達が ざわざわ と起き始めた。

「ちッ・・・面倒な・・・」 とでも言いたげに 男が袖をめくりリストウオッチを確認すると 一目散に原付バイクに走った。

「おい 話を聞かせろ」

栗原の問いかけを無視するように 悠然と発進させた。

「おい 君ら 大丈夫か」 仕方なく 追い駆けていた筈のグループに声を掛ける。

「は、はい すんません。ありがとうっシタ。帰るっぞ」 「お、おう」 倒れていた少年らも 口々に言いながら立ち上がりはじめた。

「ここまで何があった」 少年らに声を掛けたが、少年らも栗原の声を無視するようにそれぞれバイクにまたがり 相変わらずの派手な音を響かせ去っていった。

(あの原付野郎。ここへ 追い込まれたのではなく、ワザと誘い込んだか・・・) (ワシらの白浜を汚しやがって・・・)

なにか いやな予感がする・・・

つぶやきながら 栗原も バイクに戻り 発進させた。

・・・・・・・・・・・・

後に起こるトンでも事件のホンの序章に過ぎなかった。

つづく