小説の杜

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狂二 Ⅲ 断崖編 その9

JR白浜駅ビルを出るなり、坂本社長と目があった。 なんと社長自ら、出迎えに来てくれて居たのだ。 坂本社長との不思議な縁(えにし)を 浩二は廻(めぐ)らした。 築港冷凍で働きたい・・との意思を固めたきっかけは、 なんと云っても面接のあとの見学で見つけたあのサンドバッグだ。 黒光りのそれは、坂本社長が残して行った物だった。 また、一発で殴り倒した田嶋竜一が浩二へ復讐するため 坂本社長を白浜に尋ね、道場で修行を積んだのだ。 人生何が幸いするか分からない。拳法を会得した竜一の加勢が無ければ、 築港でのテロリスト達に命は奪われ、おそらく今の自分は無かったろう。


「えっ お前が白浜へ・・・」 白浜行きを竜一に告げると 絶句した。 白浜冷凍は元々田嶋総業田嶋社長の釣り道楽の為、設立させたようなものだ。 だが坂本社長が就任後、企業体として再整備、建て直させた。 周囲の自然環境の素晴らしさはもちろん、従業員たちも素朴で明るく、 実に心地良い場所だったと竜一がため息交じりに述懐した。

(白浜が嫌になったらいつでも交代しちゃるけん。) 竜一からのメールで携帯が震えた。

その坂本社長は入れ替わりの如く、大阪行きなのだ。 勿論、田嶋本社取締役常務としての栄転だが・・・

「坂本社長、わざわざすみません」 駆け寄ると、クラウンのドアが開き、作業服の上から防寒ジャンパーを引っかけた男が出てきた。

「でかいのぅ」 浩二を見上げた。 見上げた男もそこそこの体格をしている。 比較的小柄な坂本より、頭一つ出ている。白髪交じりの短髪。だが精悍な顔つき、作業着の下はおそらく贅肉のひとつ無い筋肉に覆われていることだろう。坂本と同年輩か。 口元は一応笑っているが、目は眼光鋭く、新入りを観察してやろう。との意思が痛いほど伝わってくる。 だがその眼を見つめ返せば、不思議と澄んでいた。

「いよいよ、2メートルになったかいのぅ。さらに伸びたか」 坂本が笑った。 「この前測ったら、1センチ足りませんでした」 「ほたら何かい、199けぇ」 「浩二君、こちら栗原君や、口は悪いが肚(はら)は綺麗な男や」 坂本が栗原の肩に手をかける。 ・・・・・ 「何も心配無用や、白浜には栗原という男が居る。経歴を聞くと驚くかも知れないが、実に頼もしい、ワシの補佐役に欲しいほどの男ぞ」 高城常務の言葉を思い出した。 やはりこの男が栗原なのか・・・

「本日はわざわざ出迎え、ありがとうございました」 深々とお辞儀した。 自然と栗原のこぶしに目が行く。 指の付け根は いわゆる拳だこができていた。 (この人も・・・)

一方の栗原・・・・ この若造。。。 本当に二十歳なのか?そこいらの若造とは比べようのない威風堂々の雰囲気を醸しだしていた。 圧倒された。 単なる身体のでかさだけでは無い。 まるで幾つもの修羅場をくぐり抜けて来たであろう男だけが放つ ”気”を嗅いだ。 それは さまざまな修羅場をかいくぐって来た栗原だからこそ、察知できたのかも知れない。 ヘラコイ(なれなれしい)口の効き方でもしようものなら、坂本社長の前でも容赦はすまい。そう決めこんでいたが、礼儀や態度は今のところ申し分はない。 やはり田嶋、次期社長の高城のお気に入り、一目置くという男なのか・・・

幾つかの峠を越え、カーブを曲がると 前方に蒼くきらめく海の光が見えた。 車のウインドゥガラスを通してでも潮騒の音が弾けた。 「窓少し開けていいですか?」 「お、おぅ」 返事を確認し座席左側のパワーウインドゥを2センチほど下げた。 そのすき間から風と共に強烈な潮の香が車内に飛び込む。 「どや、家島と同じ香りだろ」 助手席の坂本が振り向いた。 「はい・・・この香り、懐かしいです。何度でも好きです」 「そらぁ良かった、これからイヤっちゅうほど嗅ぐことになるけん」 前方を見つめたまま栗原が笑った。

「到着や」 白浜冷凍は、築港冷凍同様、海に面していたが、海面が放つ光は築港とは比べられない鮮やかな青色だ。

構内に乗り入れた時だった。 整列し手を振り浩二を歓迎する全従業員たちの姿が飛び込んだ。 全従業員30名足らずの小規模とはいえ、このような演出は思いもよらず、胸が熱くなった。 車を降り立つ浩二を見、全員驚嘆の声を上げた。 「でかい、それに若い・・・」

坂本が紹介した。 「ワシの代わりになる新社長、キョウジ・・・あ、いや コウジ君や、サンズイ偏のカワにホン書いての河本。さらにサンズイに告げるコウに漢字の二つと書く浩二君や」

「大将、黒板か何かに書いてもらわな。さっぱりわからへん」 女性従業員の声に、全員爆笑した。

「浩二と言うより、坂本社長がつい言いかけた キョウジ・・・ 狂犬の浩二。略して狂ニと呼ばれてました。また先ほどの紹介では 新社長と呼んで戴きましたが、これからなんぼでも研修が必要やと思ってます。 役立たずや、と判断されましたらいつでも叩き出して下さい。 よろしくお願いします。」 大きい拍手が響いた。

食堂棟の二階が とりあえずの浩二の部屋として用意されていた。 「賃貸の手続が未だやけん、マンションの方は、間に合わんかった 当面ここで辛抱や」 「いえ、ここで充分です」 和室8畳の広さに 掃除が行き届いた綺麗な部屋だった。 田嶋家が白浜に別荘を建てる前はここで寝泊りするため、 必要なモノはすべて揃えられた。贅沢とも言える部屋だった。

「じゃっ急ぎの出庫がありますけん」 栗原に代わり、坂本みずから構内を案内してくれた。 敷地坪数は 築港の約三分の二。冷蔵設備棟が2棟。マイナス30度まで可能な冷凍設備は1棟。 規模は小さいながら、必要な設備は完璧といえた。

土地柄、海産物が多く見受けられたが、倉庫奥に風変わりかつ、 重厚な壁で囲まれた一角に目が行った。地方倉庫には 不似合いなまるでSF映画で見かける未来の都市建築な感じだ。 坂本が暗証番号方式のセキュリティーを解除し、ドアを潜り抜ける。

「どや、栗原が昨年商談決めてきたんや」 樹脂製の外装には英文字とITFコードのみ。 赤十字マークが右隅に小さくプリントされていた。

「ワクチンや」 「え。インフルエンザとかの?」

「おうよ。大学病院、そのほか厚生省の研究機関とタイアップして、 まあ云うたら いまの所、サービス的な保管料しか頂戴してない。 いわばボランティア料金やが、これも今後の戦略の一つやな。 イカ に、タコ、海老だけが、冷凍・冷蔵倉庫を必要としてへんっちゅう事や」

「ここ一つがすべてや、あと度胸もな」 頭と胸を指し、坂本が笑った。

「疲れたやろ、夕方までゆっくりせぇ 夕方は送別会と歓迎会が待ってるけん」

「送別会て・・・」 「はは、ワシのやがな。それが終わったら今夜の最終で大阪や」 「え?大阪は来月からと聞いてましたが」 「明日、朝一で会議ちゅうことや。築港での活躍は聞いとる。 あえて教えるモノはあんまり無いやろ。細かい引継ぎは栗原に任せたけん」

もっと坂本社長の話が聞きたい。あと 拳法の方も。 教えて欲しい事が山ほどあった。

貴重な時間が 猛然とした速度で過ぎ去っていく・・・ そんな気がした。

だが、丁度その頃・・・ 白浜の沖合いの不審船の動きと、陸地に配置された某国際的組織員の不穏な動きが 始まっていようとは、

当然露ほども気付かなかった。

つづく

※ 当記事は フィクションですので 万一、実在するいかなる個人、団体とも 一切の関係はございません