小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その11

二十歳を過ぎた浩二だが、アルコールは普段滅多に口にしない (築港時代、竜一らに連れられ、たまに居酒屋で呑む程度だった) 果たして、今夜一晩で、いったい何杯呑んだのか思いだそうとしたが、 思い出せなかった。それほど呑んだようだ。 弱くはなかった。むしろ少々呑んでも”酔い”と云うものを経験したことがない。 いわばアルコールにも強い体質だったと言える。 しかし、昼間のカゼ薬がいけなかったのかも知れない。 宴会の途中いまだかつて経験したことのない、酔いを経験したのだった。。。


タクシーは門の手前で停まった。 「お客さん本当に大丈夫ですか」 「ああ、全然平気」 云ったものの、フラフラの状態、おぼつかない足取りでタクシーから降りた。

表門横の常夜灯がかすかに灯るなか、すぐに取り出せるよう栗原が用意してくれた鍵の束をポケットから取り出す。 必死に表門の南京錠を探し、開けた。 しばらくは心配そうに見届けていたタクシーも、軽いクラクションの後、Uターンし立ち去った。

ふらつく足取りのまま、教えられていた通り、食堂棟の裏門に向かう。 薄明かりが灯されていた。棟に入って直ぐ、出入り口横の電灯スイッチを見つける。 ようやく食堂1階部分は煌々と明かりに照らし出され一息つく。 さてと・・・今夜からのねぐらとなる二階への階段をはうように上る。 暗闇の2階、おまけに混濁が始まりつつある意識の中、非常灯に照らし出された廊下の灯りスイッチを探す。 ようやくの思いで、部屋にたどり着いた。 壁際をなぞり、指先がようやく見つけた部屋のあかりを灯す・・・

果たしてここまで・・・数十分の事が、何時間もの大仕事をこなしたような疲労感が襲う。 キッチンに向かい、蛇口をひねる。勢いの加減がわからないまま口を寄せた。 顔中水浸しになりながら、水を飲む。少し落ち着く。 ベッドに腰掛け、ネクタイをほどく。(初めが肝心やから、窮屈でも我慢しなさい)そう送り出してくれた多美恵の顔が浮かぶ。 今頃どうしてるか・・・携帯を探す。 ハッ、落としたか、置き忘れか、見あたらなかった。あきらめスーツ、ワイシャツを脱ぎ捨てジャージに着替える。 ベッドに倒れ込み、毛布にもぐり込んだ。

そこで、顔を洗わねば、歯磨きは・・スーツはハンガーに掛けただろうか・・・ 目覚ましのセット・・・あ、目覚まし時計、どこにあるのだっけ。 そこまではかろうじて意識があった気がする。 しかしやがて、いよいよ薄れる意識の中、そろりそろり。眠りに

堕ちていった。。。

どれほど経っただろう、数時間前の出来事が軽い目覚めとともに、 思い出されてきた。否 夢か覚醒か区別もつかない意識の中で 次々に現れてきたのだった。

・・・・・・・・ 白浜冷凍の従業員たちは自己紹介を兼ね、 次々とお酌にやってきた。 自分から酌にまわろうとすると栗原が 「でんと構えてろ」と制した。 白浜の従業員は茶髪の19歳から、上は72歳と幅広い年代層に広がっていた。

栗原が、このおやじさんは温度管理の名人やと72歳の方を紹介した。 家島の秀治の面影がよぎる顔をしていた。 「冷凍とは言え、魚、エビちゅうもんは生き物や、ありきたりの温度設定じゃかわいそうや、ワシそう思いますけぇ」 72歳とは見えない。声にツヤと張りがあった。 この方にも教えられる事は多いだろう。

次に配送主任の”源さん”こと源田さん。 若い頃バイクのレーサーだったらしい。 それも栗原と良きライバルだったという。 (高城常務から聞かされた驚くべき栗原の経歴・・・暴力団の若頭) そこまでは聞いていたが、ヤクザの組に入る前は将来を嘱望されたバイクのレーサーだったと云うのだ。 源さんにも聞きたいことは山ほどあるだろう。。 何より名前と顔を真っ先に覚えた・・・・・ 中学校の時の体育教師にそっくりだったのだ。

シュウジ、ちょっくら来い」 栗原に呼ばれやってきた19歳の茶髪の青年。 身長はさほどでもないが、筋肉質のがっちりした体格をしていた。 和歌山で一番の腕相撲自慢との事だ。 「浩二さん、こいつと勝負したってくれませんか、新社長のガタイ見て、腕相撲やったら負けへん、さっき云うてましたんや」 「あ、栗原さん、そんなの云ってませんて」 慌てて否定しながらも、勝負の願望も捨てていない顔つきだった。 来月二十歳を迎えると云うその青年、浩二と唯一の同年輩だ。 「腕相撲・・・あんまり自信はないけどなぁ」 周囲がはやし立て、坂本社長も気づき、そばに寄ってきた。 「みなさーん。今から世紀の大勝負の始まり始まり・・・」 坂本の発声で全員の注目を浴びるはめに。

「じゃあ一回だけ」 仕方なく畳に寝そべり、座布団の上で腕を組む。 さすがにシュウジと呼ばれた青年の腕は、 大人の足の太ももほどある、異様な筋肉の盛り上がりを見せていた。それなりに鍛えた浩二のふた周りほど大きい。 (負けるかも) 腕を組んだ瞬間、確かに相手の強さを感じた。 レフリー役の栗原の合図で 全身の力を腕に集中させる・・・ 最初ビクともしなかったが、和歌山一の腕自慢も、寝そべった体勢では不慣れなのだろう、 浩二の方が徐々に優勢になった。 お互い真っ赤に顔を膨らませながらの長期戦になる気配だった。 「シュウジ遠慮せんと本気出さんかい」 栗原が茶化す。 「ほ、本気ですよ・・・」 言葉を吐いた瞬間、矯めた“力”も吐き出してしまった。 今 とばかりに浩二が勝った。 「ひさし振りに負けたッす」 しばらくは、落ち込んだ表情をしていたが、 「さすが和歌山一の腕や。栗原さんの一言がなかったら こっちの負けや」 浩二の一言で 「そのうち再勝負お願いします」 元気を取り戻していた。 ・・・・・・・・・・・・ 白浜グランドホテル大広間を貸し切っての歓送迎会は想像以上に盛大なものだった。 勿論、自分の歓迎というより、坂本社長への惜別と今までの感謝を表す会だった。

従業員たちの悲しみと感謝の気持ちは昨日まで部外者の浩二にも 嫌と云うほど伝わった。 (自分に坂本社長の代わりなんて出来るのだろうか) そればかりを考えていた。

最初 にぎやかだった宴の会もやがてしんみりとした惜別の言葉に、誰かの嗚咽が聞こえた。 それを合図と、全員の号泣合戦へと広がった。

「泣くんでなか、泣いたら新社長に失礼じゃろが」 そういう坂本社長も泣いていた。 「気の済むまで泣いたら、笑って送りだすけん」 栗原の声は薄れる意識の端っこ で聞こえた。

「じゃっここで」 大阪へ向かう坂本とはホテルの玄関で別れた。

「白浜はお前に任せたけん」 坂本が差し出した握手の感覚、生涯忘れはしないだろう。

タクシーの後部座席、後ろ向きでいつまでも手を振る坂本社長を全員が万歳三唱で見送る。

なんと行っても田嶋の本社、取締役常務と云う栄転なのだ。

今夜から会社で寝泊まりする浩二の世話役にと、 社内食堂の老夫婦があてられていたが、 坂本の計らいで、今夜はホテルで一泊するという。 「朝一番に戻って来ますけん」 何度も浩二に頭を下げる夫婦に 「聞けばもう直ぐ金婚式らしいじゃないですか、ゆっくりしてって下さい」笑顔で答えた。

会社までつきそうと云って聞かない栗原もかなり酔っていた。

「独りで大丈夫ですけん。鍵の解除ぐらい大丈夫ですけん」 「ほんじゃあ。ちょっくら家に帰って、一眠りしたら直ぐ駆けつけるけん」 栗原はフロントが呼んでくれたタクシーの運転手をつかまえ、あれこれ指図していた。

「この運ちゃんが表門まで送ってくれるけん。それと、支払いはツケで後日請求くる。もし、料金を請求しやがったら遠慮なくぶちかませ」 「そんなことしませんよって」 運転手が慌てて、窓から顔を出した。 「はは・・・」

そこまで夢のごとく現れた時だった。

構内にバイクの音が響いた。 一瞬、栗原のバイクと思った。 源さんとの会話で、普段はバイク通勤と聞いた。 「飲酒運転にはならないのか」 薄ぼんやりと考えたときだった。 バイクの音は1台だけではなかった。 次々と構内に響くエンジン音・・・5台まで数え終わった。

表門の南京錠は確かに施錠したはず・・・ は!  開錠は思い出したが、施錠をした記憶は出てこない。 しまった・・・ ベッドから飛び起き、ふらつく足元をこらえ、階段を降りようとした。

つづく

※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体とも 一切の関係はござい

ません

(-_-;)