小説の杜

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狂二 Ⅲ 断崖編 その20

飯を喰べながら、今までの経緯を簡単に栗原は説明した。

「しかしまぁ、あの若さで新社長とは」 「お宅の所長も、君とうちの新社長とは面識ある、云ってたけど、 そんなに親しい間柄だったのか」

(まさか河本新社長も元同業なのか・・・)

「知ってるも何も、奴とは戦友のようなものですけぇ。たった二日間の戦争やったけど」

「戦友?二日間?戦争?」 男からやはり・・・と思わせる言葉が発せられた。 栗原は、視線の先にある壁時計を確認した。 バイクショップとの約束には まだ余裕がある。

隅で暇そうに突っ立て居る店員に合図を送る。 喜び勇んでやってきた店員に 「ホット二つ。あ、わしアメリカンで。食器も片づけてくれるか」 「かしこまりました」 「おッ 可愛い声やの」 ヒロシがからかう。 赤らんだ顔で、食器を片づけ、うやうやしく礼をし、去っていった。


「よければ聞かせてくれないか。その二日間の出来事とやらを」 「え?家島の事件。坂本さんからも聞いてないんすか」 「家島?初耳だ。坂本からは何も。それに、河本社長とは昨日が初対面や」

「今 思い出しても、こう体じゅう・・頭のてっぺんから、足の先まで、かーっと、熱くふるえてくる・・・とてつもない出来事やったです。あんなこと後にも先にも、もう無いやろと思てますわ」

頬を少し赤く染めた先ほどの店員がコーヒーを運んできた。 ブラックのまま一口啜り、 「よければ詳しく話してくれないか」 栗原は目の前の若い男に云った。

「ひょんなきっかけで、国際テロ組織とわしも闘う羽目になったですわ・・・」 ぽつりぽつり、男はしゃべりだした。 ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 男の話は数々の修羅場を経験して来た栗原にとっても、かなり衝撃的なものだった。 わずか十名足らずの者だけで国際テロ組織とほぼ素手だけで闘い、壊滅させたというのだ。相手は百名、おまけに相手は全員銃を持った完全武装兵士。

何より驚いたのが、坂本社長を始め、高城や、田嶋竜一まで加わっていたと云うのだ。

あ、と思った。

そういえば、確か2年ほど前だ。 坂本が突如、用があると云って2、3日留守にした事があった。 高城から要請を受け、クルーザーを持ち出した。 「大きい低気圧が来てるちゅうに、大丈夫ですかい。一体どこに行く、いうんですかい」 「全然平気や。ちょっと私用で高城の兄ぃから頼まれてのぅ」 そんなやりとりを思い出した。数日後何事も無かったかのように、無事坂本は帰ってきた。 私用の事をぺらぺらと他人に語る人では無かったし、栗原もあれこれ訊く事も無く、その後すっかり忘れていたのだ。

(あの時だったのか)

「今回依頼の河本社長・・・あの時の奴の闘いぶりを見て、ワシ極道をやめる決心をしましてん」 男はさらに続けた 「奴の凄さを見せつけられたら、幾らアホなワシでも、今まで”男”を張ってたつもりのワシやけど、単なる虚勢、ハッタリ、チンケなイザコザの世界やと、何もかもバカらしくなったんですわ。それに佐々木所長からの熱心な説得が大きいかったけど」

「運命というか、人との縁というものだな」 栗原は自分と坂本との出会いを重ねた。 「しかし組を抜けるには相当なモンがあったろう」

「それがなんと・・・栗原さん、嘘みたいな話ですが・・・」 男はコーヒを一口すすり、続けた。 「なんと組長自身、解散を考えていたんですわ。いつワシらに云うかずっと迷っていて・・・上部団体との解消処理の問題もあったんですが、佐々木所長・・この人、元刑事さん、んで佐々木所長があちこち掛け合ってくれたんですわ。他の組員ら、身の振りの心配まで。ですからワシ この人には一生涯、黙って付いて行くしかないなあ、心に決めましてん」

「そういう事か。ワシの時も似たようなモンやな」

暴対法成立以来、組のしのぎは、ままならず、全国的に組の運営は厳しさを極め、解散もしくは正業への転換を余儀なくされたと云われる。

「え?栗原さんも・・・やっぱ・・・ですか」 「ま、そういうこっちゃ、よろしゅう頼む」

ヒロシという調査員から聞かされた、その時の 河本社長の活躍ぶりは とてつもなく超人的なものだった。

「奴は一言で云うなら怪物ぞ」 坂本との会話が蘇る。あの坂本をしてそう云わせたのだ。

「じゃけん、奴は絶対無事ですって、たとえ今、行方不明でも、簡単に消える奴ではない筈やけん。佐々木も同じ事云ってましたけぇ」

※ 石を敷き詰めた急ごしらえの囲炉裏に、火を移した。 次に男は、海水を入れた鍋の中央にガラス容器を置いた。ガラス容器には重しの為小石を入れた。 そして拾ってきた円盤型のプラスチックを逆さにし、フタ代わりにした。プラスチックにも海水を満たす。 「こんな子供だましで、水など本当に出来るのか」 浩二は半信半疑だった。

「海水を熱することにより水蒸気が冷えたフタにひっ付く。円を描いたフタに沿って水滴がしたたり落ち・・・ それを下のガラス容器が受け・・」

「水滴も海水じゃないのか」 「まさか本気で訊いてるのか」 「え?いや・・・」

確かに言われると、小学校か中学だったか 理科の時間習ったような気がする。 元が何であれ、水蒸気そのものは水だと。

「水のメドが付くと急に腹が減った」 「あとで魚釣りに挑戦だな」 「たとえ海にもぐろうと、たき火が有り難い」 「薪は切らさないようにせんといけんな」 「あとで流木を集めてくる」 「左足は大丈夫なのか」

おや、と思った。 気遣いの言葉が男から発せられるとは。 「ああ、なんとか。完治には程遠いが」

「お前のキックも相当な威力や、お前、本当に日本人か。体つきも日本人離れしてる」 男が浩二をジロジロ見つめた。 「ずっと遡る祖先は知らんけど、生まれも育ちも日本や」

火を前にして、二人の男らに、緩(ゆる)い空気が流れた。

この調子なら・・・

男の素性や、侵入の狙い、目的などしゃべりだすのでは? ふと思った。

青い空、青い海、心地よい風

一瞬の平和に、 昨晩の出来事や、今置かれている状況を忘れそうになるが、 一体、事件の背景は何なのだ。もしくは 何が始まろうとしているのだ。

目の前の男から訊き出したいことが”山”ほどあるな。と思った。

※ 2010 3月30日 午後2時00分

そのバイク用品ショップはファミレスから車で10分の場所にあった。 県道から一本裏通りにあり、ひっそりと隠れるように佇んだ小さい店だった。 松木に見せてもらったバイク雑誌。 その雑誌に提供している派手な広告から もっと大型店を予想した栗原は、間違いじゃないのか、 何度も店名を確認した。

「これは、どうもどうも、朝方マツキさんより電話もらってます」

(如何にも作り笑顔の安っぽい商売人だな)

栗原は、変に愛想笑いする店主に (それに、こいつはバイク乗りじゃあるまい) なぜか無性に腹が立った。

「早速やが、おまはんが売った、もしくは取り付けた相手の事、訊かせてもらうか」

「それが全然思い出せませんのや」

店主の目には明らかに嘘があった。

「ええかげんな事ぬかすんじゃねえぞ」 と、若い調査員のヒロシが恫喝する。 「まあまあ、脅すな」 栗原がなだめる 「勘違いしてもろたら、困るんじゃが、ワシら原付の持ち主に用、あるのと違うんや」

「へ、へぇ・・・」 「先々週の事や・・・原付に乗っていたひとりの男が族らしいグループに追われていた。 こりゃあいけん、思うて追いかけたんじゃ・・・」 仕方なく一部始終を説明した。

「じゃけん、本当に探してるのは、原付に乗ってた謎の男や、 追い掛けてたグループの中に、原付きの持ち主が居たに違いない。 そう見てるんやが」

「すんまへん。おそらくですが・・・紀伊田辺のチームの子で・・」

ようやく、店主がしゃべり始めた。

つづく

※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体とも 一切の関係はございません

(-_-;)