小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その23

2010年3月30日 21:20

「今日は何日だったっけ、日本時間で」 男が言った 。。。。はてさて、何日だっけ。 浩二もふと考え込んでしまった。 大阪を出るとき、まさかそびえたつ崖に囲まれただけの海辺で 夜を迎えようとは、夢にも思わなかった。

正体不明な男のおかげで、水や食い物には何とかありつけた。 喉の渇きや空腹感を充分満たすにはほど遠いけれど、 飲まず食わずの絶望的な遭難よりかは恵まれている。 「ところで名前はなんて云うんだ、あ、俺浩二、コージ。カワモトコージ」 「名前かぁ。。。」 男は沖合を見つめたまま、ぽつりと言った。


「ずっと、番号で呼ばれている。二年前からはトエンティナインだ。 29号でいい、本名は18ん時、捨てた。もうかれこれ10年になる」

(まだ28歳なのか) かなりの中年に思えたが、結構若いのか。それに・・・

侵入の連中が、番号で呼び合って居たのを思い出した。 名前を隠すカモフラージュかと思ったが、そうではなく、番号で割り振られ、トップの強い意志の下、組織だった行動を義務づけられている集団の一員だったことがハッキリした。

かと言って2年前に遭遇したテロ組織とはどことなく違う雰囲気を感じた。 「可哀想に、まるで機械、もしくはロボットだな。上の命令に逆らう事も許されず、挙げ句の果てに海に捨てられ。。。」

よほどこの言葉が、逆鱗に触れるのか29号と呼ばれる男はまたもや血相を変えた。

「それ、言うな、黙れ」 「所詮、テロ組織ていうのはそんなモノだぜ、人間としての人格、自由、権利、一切合切無視、切り捨てられ、上の命令こそが絶対だ」

「俺たちは、テロ組織じゃない」 真顔で反論してきた。

「じゃあ何だ。再度訊くが、お前らの組織はテロ組織じゃないとすれば一体何だ、 何をする気だ。いやもう始まっているのか」

「・・・・・・」

その後何か言いたそうな表情を浮かべたが、結局そのあと黙り込んでしまった。

夜明けと同時に、崖登り、この場所からの脱出を試みるべきと思っていたが、 男や組織の事をもっと聞き出してからでも遅くはないのでは?。 ふと考えた。所属する(あるいは、していた)組織は何者なのか、 何を企んでいるのか、日時を気にしていたが関係があるというのか。。 山ほど訊きたい事がある。

一方で 大阪に残してきた多美恵の事や、白浜冷凍の従業員らの顔が浮かぶ。 「大変な騒ぎだろうなぁ・・・」 心配をかけていることを考え、胸が痛んだ。 何とか連絡をとる方法はないものか・・・

昼間には、少々汗ばむぐらいの陽気も、日がどっぷりと暮れ、夜になるとさすがに冷え込んだ。 風も強くなり、炎は時折真横に吹き上げる。 焚き火のおかげで寒さも凌げているが、もし無かった事を想像して一瞬身の縮こまる思いがした。

夜空を流れる雲がにわかに激しくなり、飛ぶように流れている。

「ひと雨来るな」 ようやく男の口が開いた。

「一雨どころか、明日は一日じゅう雨の予感がする」 浩二は朝方に西の空に見た”すじ雲”を思い出した。 西南西の方向に流れる筋雲の時 確実に雨がくる・・・ 昔、家島のサメ狩り漁師、秀治から習った言葉を反芻した。

「明日のがけ登りは無理か・・・」 云いながら男は立ち上がった。

浩二がかき集めた薪(たきぎ)用の木を何本か物色していたが、そのなかで細くて長いものを選んだ。

「雨にならないうちにテントを張る。手伝ってくれ」

2本の木を支柱に、ブルーシートをロープで巧みに縛り付け、慣れた手つきで完成させた。 雨露を凌ぐには充分なテントが出来上がった。

「傭兵時代、こういうことに慣れていたのか」 「ああ」 一言返しただけだった。

「余ったシートは毛布代わりにくるまると暖かい」

「しかし不思議なモンだな」浩二が云った

「何が」 「俺たちを縛り付けてた、このシートや、ロープ。何といっても拾ったガラクタ達。かなり重宝した」

「はは、確かにな。この世で無駄なモノなど、一切無いて云う事や。 なにがしかの役割が・・・」

思わずの言葉に自分を重ねたのだろう、再び男の顔が曇り、沈黙した。

風は相変わらず海のほうから吹いていたが、湿った潮まじりの風は一層強くなり、 急ごしらえのテントに容赦なく叩き付けだした。

※ 2010年 3月30日 22:21分 コンビニエンスストア「ラーソン」店内。 ピッ ピッ・・・ 配送されてきた商品をバーコードスキャナーで読み取る 電子音だけが鳴り響いていた。 客足がひと通り途絶えると、河本多美恵は商品を検品しながら陳列棚への補充作業に没頭した。 眼はスキャナーを追っているが、頭の中では朝に連絡のあった田嶋総業社長、高城との電話を幾度も反芻していた。

(ワシも白浜にようやく連絡ついた。携帯は昨晩の歓迎会で紛失したらしい、あと 研修中で会社には不在がちやから、なかなか連絡がつかんちゅうことや、心配はいらんから)

(それで・・・高城社長さんは直接浩二とお話されたのでしょうか)

(あ、いや・・・・・・ワシも新幹線の中で、その・・すれ違いが多くて・・・だが、心配は無用だから)

会話の端々での沈黙が気になった。 出発する時 浩二のヤケに寂しそうだった、あの後ろ姿。 ふいに感じた胸騒ぎ。不安。虚無感。

今まで感じたそれらのこと一切は現実となって、多美恵を苦しませた。

だけど・・・・

だけれどと、思う。

(心配は無用だから) 高城社長の、最後の言葉には 力強さがあった。いや感じたと言うべきか。

入り口が開いて風がどっと店内に流れ込む。 「明日の午後から雨だってさ、嫌ん、なる」 「へーマジかよ」 若いカップルが入ってきた。

「いらっしゃいませ」 明るく声かけながら、

「雨・・・なんか浩二には関係ないよね」 胸に言い聞かせていた。

つづく

※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名とも 一切の関係は ございません

(-_-;)