小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その31

2010年4月1日午前9時過ぎ

樹々の葉が風にそよぐ音や、流れる川の音で浩二は目覚めた。久しく聴いたことのない野鳥の声も賑やかだ。 木漏れ日が差し込み、まぶしい。一日中降り続いた雨も上がったようだ。 太陽はすでに高い位置にあった。だが、春の初め、山あいの冷気は厳しいものがあった。

はっ!

樹の根っこ、向こう側で寝ていたはずの男の姿が見えない。

(しまった。すっかり寝入ってしまった内に。。)

 

立ち上がり、周囲を見渡してみたが、影かたちも無かった。 ブルーシートのポンチョや、レインハットも当然消えている。 思わず空を見上げる。 当分のあいだ雨の心配など無さそうだ。

(わざわざ荷物になるだろうモノを)

しかし、思った。 (奴は当分のあいだ野宿を覚悟しているというのか。何と云っても他人の会社に忍び込む輩(やから)の一員だったのだ。合法な寝ぐらさえ持たないだろう)

(奴を追わねば)

ポンチョ代わりのブルーシートを脱いだ。 山の朝の空気はひんやりと冷たかったが、浩二にとっては防寒ジャンパーすら不要といえる。 少し迷ったが、ブルーシートは持っていくことにした。

果てさて、 ぐるりと周囲を見渡した。太陽の位置を確認し、 昨夜みた光の方向は多分こっちだろうと決め、歩き始めた。

男もおそらくこの方向に違いない。と勝手に決めつけていた。

※ 「あ、いらっしゃい。昨日の」 コンビニの店主は佐々木を覚えていた。 が、佐々木と一緒に入ってきた二人を見て、一瞬表情が強(こわ)ばった。 坊主頭の若い男と、凄みある表情の男。いずれも佐々木より首ひとつ突き出た体格の持ち主だ。どことなく異様な雰囲気を醸しだしている。

二人連れの先客が居たが、レジを済ませ、出て行くところだった。 「大阪のコンビニとやっぱ雰囲気が違うっすね」 ヒロシは雑誌コーナーに歩み寄った。 佐々木は栗原と、店主に近づき、

「先日はいろいろありがとうございました」

「あ、いえいえ、どういたしまして」

佐々木には笑顔を見せたが、やはり警戒感が表情に出ている。

「しかしまぁ、宇佐美先生のご活躍ぶり、たいしたものですなぁ。野党のままだなんて、実にもったいない。国としても大損です」 佐々木が云うと、店主は愛好を崩した。

「ですら。やはりそう思いますかお客さんも」

「時折予算委員会、テレビ中継でみるのやが、宇佐美先生のご質問は実に鋭い。内閣の痛いところを絶妙に突いておられる。宇佐美先生が健在なかぎり、もう一度民自党の時代が来る。そう思いますな」 先日ちらりとだけ読んだ、南紀新報の記事を思いだしていた。

「また宇佐美先生のご活躍の陰には、地元の後援会の存在が大きいのでしょうなぁ。きっちりと守っておられる。ワシそう思います」 ますます店主は、満面の笑みで頷いた。

「ところで」 頃合いを見計らって切り出した。 「例の貿易振興会、事務所を閉鎖したようですねや。で、振興会との賃貸契約とか色々訪ねたい事あるのやが、宇佐美先生を訪ね、東京まで行かなならんでしょうか」

(店主の警戒感を一気に解くお世辞、話術、この間合い・・・) 栗原は横で感心していた。

「はは、お客さん、わざわざ東京までいかんでも」 店主は手を振りながら続けた。 「賃貸その他、契約とかの細かい事は 管理会社がやってますけん、二つ向こうの大通りにある 第二紀伊田辺ビル そこにテナントとして入ってますよって」

佐々木は (やはり)と思った。

大物代議士関連のビル。第一と名付けるぐらいだから、第二、第三。。。とあるだろうと踏んでいた。

「さすがに宇佐美先生ですな、もしかして第三ビルも?」 「いえいえ第六ビルまで」 店主は誇らしげに答えた。

(小さな市内にもかかわらず、6ツものビルを保有とは) (それに・・・)

佐々木は政治の世界は詳しくなかったが、 アメリカからの案件として持ち込まれたと言う、アジア貿易振興会の件、そのあたりも確認すべきか。とふと思った。 民自党がらみとなると、田嶋会長、そして高城社長の顔が浮かんだ。

「じゃあ、第二の方へ行ってみます」 礼を云いかけ、出ようとしたとき、 入り口の新聞コーナーが目に止まった。

「すみまへん最後に、変な事訊きますが、例の振興会の職員さんら日本語も不自由だろうから日本の新聞などは無縁だったでしょうなぁ」

「はぃ、彼ら新聞など滅多に買いませんでした。ところが二、三日前でしたか、一日だけ買ってくれました。ただ、不思議な事にワザワザ他の店でも夕刊紙を買ってたようでした。店に入ったとき、すでに他店のコンビニ袋ぶら下げてたのを覚えてます」

思わず佐々木は栗原と目を合わせた。 (やはりな) ・・・・・・・・・・・・・・

第二紀伊田辺ビル。 栗原は迷うことなく、たどり着いた。第一とは雲泥の差。 レンガ造りの外壁が重厚感を醸しだしている。 一階に「宇佐美企画」があった。

後援会副委員長でもある、コンビニ店主の連絡のおかげで、 佐々木らが入るなり、 「お待ちしておりました」

若い男がファイルを持って来た。 「どうぞお掛けになって下さい」 部屋に入って直ぐ、応接ソファーを指す。

佐々木は迷ったが、探偵事務所名刺を正直に出した。

「え 探偵事務所の方ですか」 「佐々木です。よろしく、こちらは依頼主の関係者の方で冷蔵会社の栗原専務。で、こっちはウチの仲村ヒロシ言います」 名刺交換しながら二人を紹介した。

「しかしまあ 探偵事務所の方とは初めてです」 30代前半のように見えた若い男は 単なる社員と思ったが 名刺には 宇佐美企画 代表取締役 宇佐美幸一とあった。 ふと名刺の裏を見た。 すると、 和歌山青年会議所理事長を始め、青少年育成会会長、 地域活性化連絡協議会理事長 そのほかありとあらゆる団体名と役職が印刷されていた。

「ほう お若いのに・・・社長業以外にも色々と」 「はは、オヤジの七光りとやらですけん。で、東南アジア貿易振興会との契約の件とか」

「はい単刀直入にお聞きします。あ、勿論、顧客との守秘義務等で 開示出来ない事がある場合は、おっしゃって下さい。で、お尋ねしたいのは、まず、彼ら(貿易振興会)との契約は たった1ヶ月と聞きましたが、超短期な賃貸契約というのは成り立つものでしょうか」

「ええ、確かにおかしいですね。第一ビルは2月後半には取り壊しが決まってたんです。ところが、某国 議員からオヤジ・・あ、民自党衆議院議員 宇佐美幸助を通し、和歌山南紀地方での賃貸物件を探していて、あそこが打って付けの物件や。そう云う要請があったんです」 「で、仕方なく契約を」 「はい、老朽化は進んでますし、電気、水道はかろうじて使用できますが、空調とか、エレベーターとか 整備更新期間も過ぎており、とても満足に住める環境にはなく お断りしてたんです。 しかし、1ヶ月だけだから、そこをなんとか・・・て 半ば脅迫的にです」

「じゃあ 1ヶ月の契約というのなら、昨日 3月31日まで?それでですな、今朝行ってみたら看板はもう無かったです」

「あ、いえ、正式には 4月4日までと云う契約やったんです」

「え 4月4日・・・」 佐々木は 何か見覚えのある日付のような気がした。

「しかしまあ 当初の契約日も中途半端ですな」

「はぁ、ただ・・・破格な契約料金を前金で振り込まれ、否応なしですわ」 「彼らに、連絡をとりたいんやが、連絡先などご存知で」

「はぁ、数日前でしたか、31日には解約したい、直ぐに引き払う 突然そう云われたんです。慌てて電話を掛けてみたのですが、既に不通でした」 「その連絡があったのは 正確には何日だったか覚えてますか」 「少々お待ちください」 自分の席に戻り 手帳を持って来た。

ぱらぱらとめくっていたが、 「あぁ 30日です。それも結構 夜遅くでした」 「翌日には解約・・・て、それも急な話ですなぁ」 佐々木らは顔を見合わせた。 「はぁ、急は急でしたが、もともとの契約日と4日だけの違い、 それに得体の知れない組織。まあ 良いか。そう思ったのが正直なところです」

「得体の知れない組織・・・そうおっしゃりましたな。今」 思わず佐々木は相手の顔を覗き込んだ。

「はい、今でも思ってます。某国議員の要請、そしてオヤジの案件でなければ 絶対に断ってますよって」 「貿易振興会と言うのは・・・」 「そんなの嘘っぱちですよ」

「どうしてそれを」 「これを見て下さい」 云いながら 固定電話サービス MTTの請求書をファイルから取り出した。 「今朝、MTTから送られてきたんです」 通話記録を見ると 固定電話からは 一切の通話記録が無かった。 ただ 30日 英国へのFAX通信記録が1件あるだけだった。 請求書にはその分と基本料金のみが記されていた。

「一体 奴ら何者だったんだ って事です」

そういって 若い社長も頭を抱えた。

つづく

※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名とも 一切の関係は ございません

(-_-;)