小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その33

2010年 4月1日午前11時半 田辺市立図書館

「恥ずかしながら、図書館は初めてですわ」 栗原があたりを見回しながら云った。 「似たようなもんです。私だって仕事じゃなかったらおそらく足を向けることなど」 佐々木が受付にショルダーバッグを預けながら云った。 昨日の職員は佐々木を覚えていた。 「こんにちわ」笑顔を向けた。 「あ、どうもよろしく」

二階に上がると、先日の新聞コーナーに急いだ。

先日と異なり、図書館には何人かの閲覧者が居たが、幸いなことに新聞コーナーには誰も居なかった。 図書館に来てまでわざわざ新聞を読む者は居ないのだろう。

昨日読んだ3月30日の記事を確認した。 宗教団体の法王の記事だ。 間違いない。今週一杯は関東地方公演中だが、4月4日(日曜)東京からやってくる。

確認したあと、 (例の奴らのターゲットがもし法王だとすれば、4日の件は何時知ったのか) 疑問が沸き、それを確かめたく再び訪れたのだ。

前回読んだ、2月8日以前の新聞の束を探した。 だが、コーナーにはなく、係りの者を呼んだ。

「それ以前のは保管庫に入ってます。何時の分かおっしゃって下されば、取り出して参りますが」 佐々木は少し迷ったあと、3ヶ月前まで遡ってみることに決めた。

 

「申し訳ない、では昨年の12月1日以降、2月7日までをお願いします」 「承知しました。南紀新報ですね」 女子職員が立ち去ろうとする。 ふと気づき、「あ、出来れば毎朝新聞も両方を」 地元紙より、法王の動向なら全国紙の方が掲載の確率が高いと判断した。

「運ぶのを手伝おうか」 栗原が女子職員に声をかけた。 「いえ、大丈夫です。台車がありますけん」 笑顔を向けながら答える。

「過去の新聞記事がどうしたんですかいのぅ」 栗原が佐々木に訊ねた。

「4月4日、世界的に有名な法王が和歌山に来られるのをご存知で?」

「ああ、テレビのニュースで見た。それが関係あると」

「まだ推測の域を出ませんが。4月4日までと云う奴らの賃貸契約の話から、もしや?と思ったのです。4日はまさしく法王が東京からやってくる日。東京から和歌山、つまりここ地元、白浜空港まで直行便を利用に間違いないだろうと。飛行機の件まで新聞には書いてませんでしたが」

「奴らの正体は法王を狙うテロの一員だと」

「勿論、わたし個人の推測・・・というか、仮説ですよって。で、今から調べたいのは、奴ら法王が来るのを何時知ったのか。という事です。ビルの賃貸契約の交渉は1月下旬から始まったと、宇佐美社長がさきほど云ってました。つまりその頃には法王の予定が決まっていなければなりません」

「なるほど、日程が2月か3月に決まったのであれば奴らは関係無いことに・・・」

やがて「お待たせしました」 がらがらと台車に新聞の束を満載し、先ほどの職員が運んできてくれた。

「どうもすみません」

佐々木は台車を見て、また閃(ひらめ)くものがあった。

(奴ら、ビルの引き上げに際し、トラックとかの調達はどう手配したのだろう)

「さあて、ワシも探すの手伝いますわ」 「あぁ・・すみません、じゃあこちら、南紀新報の方をお願いします」 佐々木は毎朝新聞のを選んだ。

2010年元旦分から確認していく。元旦分は 普通紙面、芸能特集、スポーツ特集、文化・科学特集と4つの構成からなっていた。いつもの4倍分の厚みが重い。文化・科学特集だけパラパラとめくり確認したが、普通紙面だけに集中させる事にした。 丹念に追っていくが 法王に関する記事はなかった。

閲覧室新聞コーナー 二人が新聞をめくる音だけが鳴り響いた。

佐々木は、1月29日号まで進み終えた。 法王に関する記事など一切なく、焦り始めていた。 宇佐美企画との交渉は1月下旬から始まったゆえ、20日前後と狙いをつけていたのだが、その前後にも法王に関する記事などは一切見当たらなかった。。

昨年分から遡るべきだったか。 台車に積まれた2009年12月分の束を見ながら思った。 栗原とて「全然見あたらないですわ」 時折つぶやいていた。

1月30日号だった。

7面。やはり国際面の片隅にあった。

(T密教。デライ・リマ法王。29日の記者会見で、今年4月、日本で行われる宗教サミットへの参加をようやく表明。デライ法王はかねてより宗教サミット事務局より参加を要請されていたが態度を明らかにしていなかった。2010年新たなメッセージへの期待が高まる/共同通信

とあった。

「栗原さん、ありました」 佐々木はこめかみを指で押さえながら云った。

「1月30日ですか、こっちでは見あたらないですわ」 「この時点では和歌山というより、世界の話題ですからね」

(これでかろうじて疑惑が成立したな) 佐々木は複雑な心境だった。

※ 丁度そのころ浩二は、 野鳥と木々を揺らす風と、河の音だけの山中をひたすらに歩いていた。

途中 果実がたわわに実った木を見つけた。 名前は知らない。 一つもぎ取り、おそるおそるかじってみた。少し苦いが桃の味がした。 みずみずしい果汁が口じゅうにほとばしる。ただ薄皮が口の中に残って不快だったが、そのまま飲み込んだ。 久しぶりの糖分が体中を賭け巡った気がした。 そのあと、はやる心を抑え、辛抱強く薄皮を剥き、むさぼるように食らいつく。

(空腹と喉の渇きが癒えたな)

枝の下に腰掛け一休みを決め込んだ時だった。

耳の奥、端っこの方でエンジン音がかすかに鳴った。

慌てて立ち上がる。

耳を澄ました。全神経を聴覚に集中させた。

だが一度聞こえたきりで、そのあとは聞こえてこない。 確かにあれはバイクの音・・・

幻聴だったか。 あきらめしゃがみ込み、3個めの果実を頬張る。

グワンっ グワンっ パラパラパー

! 今度こそ はっきり聞こえ、エンジン音だけでなく、特徴のあるクラクション音までも鳴った。 真っ昼間から・・・ この地方ではそういう風習なのか。

一台だけでなく何十台ものバイク音が響く。

ただ、耳の奥で聞こえただけで距離間はつかめない。 山彦のように、はるか遠くの音が反響しただけのことかも知れなかった。 ぬか喜びは禁物だ。

けれど、今居る山の中はバイクが走る道とそう遠くないのも事実だろう。

(助かった・・・)

この時は単純にそう思っていた。 ※

その後佐々木は、せっかくだからと、2009年12月分の新聞を確認した。 だが、法王に関する記事はなかった。

先ほど台車を見て閃いたことを栗原に云った。 「奴ら、ビルの引き上げの際、引っ越しはどう処理したのでしょう。まさか荷物などは一切なして、ないと思うのです」

「なるほど、それと、ワシが考えていたのは奴ら、引き上げた後、4日までどこで潜伏するつもりなのか、そこに、河本社長も一緒なのかどうかと云うことです。それと原付バイクの男。バイクだけ放置したのかどうか、男の消息はうちの社長と一緒なのかどうかも懸念され ます」

紀伊田辺駅周辺にはレンタカーの営業所はありますか」 佐々木が訊いた。

「なるほど、レンタカーか。確か駅前に1軒だけあったと思う。ここから歩いても5、6分やと思う」

「善は急げですね」 佐々木は広げた新聞を片づけ始めた。

受付で先ほどの職員と目を合わせた。 「もうお帰りですか」 「あ、はいお世話になりました」

佐々木は、二度とここへ来ることはないだろうなぁ。と思いながらぐるりと館内を見回した。

・・・・・・・・・・・・・・ そのレンタカー営業所までは、歩いて数分の距離にあった。

佐々木は思案したあと、とっておきの”名刺”を差し出した。 肩書きは 大阪府警時代のモノだ。

当然、法に触れ、やってはいけないことだが、探偵事務所の身分では、レンタカーの借り主など教えてくれることなど無い。

営業所に入る前に、栗原に耳打ちした。

「今から私ら、大阪府警の警察官ですから」

「はぁ?」

何のことか事情が飲み込めていなかった栗原も 「これはこれは、どうもご苦労様です。で、なにか事件でも?」 応対に出た店長が、頭を下げるのを見て悟った。

「30日もしくは31日トラック関係、バンかも知れない。借りた者が居なかったかどうか探している。捜査に協力願いたい」 佐々木の態度は堂々としていた。

「昨日または一昨日ですね、少々お待ち下さい」 何の疑いもなく、云いながら店の奥に引き込んで行った。

凄みのある風貌の栗原と、数年前まで現役だった佐々木との二人連れ。 名刺だけで疑いもなく刑事のコンビと決め込んでくれたのが、幸いした。

「佐々木警部、31日の夕方から1台貸して居ます。2トンの貨物車です」

ほどなくして、店長が戻ってきた。

「もしや、借り主は中国の方じゃあないですか」 佐々木が立ち上がった。

「いえ、日本の方です。ムロイて名前の方ですね」

「偽名とか・・・じゃないですわな。運転免許証の確認してますわな」

がっかりした佐々木は、 「よければ念のため見せてくれませんか。捜査関係以外、個人情報は守ります」 「ああ、いいですよ」 契約時に取っただろうの免許証の写しを差し出した。

室井政明 現住所:田辺市・・・・5丁目・・・ルネッサンスハイツ602 本籍: 和歌山市・・・・ 佐々木は現住所だけを頭に叩き込んだ。 結構ここから近いかも。

生年月日を確認する。

昭和62年 2月3日・・・娘と同い年か。。。 23歳。結構若いんだな。 顔写真は いかにも現代っ子風の ひ弱な顔つきだった。

「それで彼は トラックは何時までの契約で?」 「返却予定・・・4月4日ですね」

「え!」 思わず 佐々木は栗原と顔を見合わせた。

「契約時は貴方がご担当で?」 「いえ、少々お待ちください。担当した者を呼んできます」

やがて担当した者がやって来た。

「そこそこ長期間の契約ですな。で、使用目的などお聞きになられたでしょうか」 「いえ、そこまでは・・・ただ、前金でそこそこの金額をお預かりしましたので、安心してお貸ししたのですが・・・なにか事件と関係でも?」

「そこそこの前金て、幾ら?もしよければ」 「はぁ、20万です」 「2、20万・・・結構な金額ですな」 「はい、実際は 24時間 1万ですから、そこまでは必要ないとお断りしたのですが、場合によって返却が遅れるかも知れないからと。。」

「借りにやって来たのは この室井君独りだけだったでしょうか」 「ええ、彼だけでした。ただ・・店の外を時おり振り返っていたような気もします。何か落ち着きのない感じでした」

「勤務先などお聞きになってるかと思うのですが」 「はい少々お待ちを・・・」 フォルダーから書類を取り出した。 「**人材サービス・・ですね」 「そこの連絡先を。あ。勿論 捜査上で知った個人情報は他には一切出しませんから」

電話番号を手帳に書き込み、礼を言って出た。

「何となく ピンと来ますね」 栗原が佐々木に言った。

「かなり・・・」 返事をしながら佐々木は腕時計を見た。

13時前か・・・ ヒロシからの連絡 遅いんじゃないかい。。。

空を見上げた。

昨日の雨など嘘のように青空がどこまでも広がっていた。 昨日の潮風の香りは どういうわけか今日はしないな。 そんな事も考えていた。

つづく

※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名とも 一切の関係は ございません

(-_-;)