2010年4月1日 午後1時すぎ
浩二は、耳の片隅で聞こえたバイク音の方向を頼りに、山を下った。
山から湧き出た清流は蛇行しているのか、一端遠ざかっていた筈なのに、再び川べりに出た。
バイク音の方向は、この先、清流からいよいよ離れてしまう。 最後の小休止と、近づくとまたもや靴跡を見つけた。
(やはり、間違いない)
顔を洗っていると、再びバイク音が聞こえてきた。 先ほどより、着実に近付いていた。
(しかしまた、なぜ?行ったり来たり)
雲一つない空を見上げた。 太陽はほぼ真上にあった。 (陽が沈むまでには・・・)最後の水を口に含むと、再び歩きだした。
※ 佐々木は、ヒロシの携帯を呼び出した。 「あ、どうもお疲れです」 「バイクの連中との合流はまだか、えらい遅いやないか」
「どうも、先ほどやっと連絡ついたんですが、彼ら道に迷った様なんす、田辺を通り越して、かなり南の方の山中に迷い込んだ様ですわ」
「じゃあまだ時間かかるのぅ」 「さっきつながった携帯では、もう2、30分ちゅうとこなんすが。いまいちこちら方面の地理に不得手な様子で。おまけに携帯の電波も途切れ途切れで」
「わかった。じゃあ一つ用件済ましてから、そっちへ行くから。腹も減ったやろ」 佐々木は携帯を胸ポケットにしまった。
「栗原さん、ヒロシの方はまだ時間がかかるようなんですわ。迎えに行く前、一つトラックを借りたという室井と言う男の家、行ってみようと思うのですが」
「ああ、ワシも住所確認したけど、歩いて行ける距離や」 「じゃあ、その前に一度電話してみます」 レンタカー会社から聞いた連絡先は自宅になっていた。 だが (・・・・・・) 「やはり留守電になってますわ」 携帯をしまい、歩きだした。
栗原の案内で、駅前を抜け、東に向かって坂を下った。 潮の香りを含んだ風がどこからともなく、まとわりついた。
「駅前から少し歩くだけで、人通りは寂しいですな」 佐々木はつぶやくように云った。
「これでも開けた方なんやが、それでも和歌山市内やさらに、大阪とは比較にならんです」 栗原が応える。 「大阪へは、よく来られるのですか」
「去年の今頃、仕事の関係で大学病院へ3ヶ月ほど通いました」
「ほぅ、冷凍倉庫と関係が」
「説明を始めると長くなりますのやが、平たく云えば、ワクチンの保存ですわ」 「なるほど」 佐々木は栗原の一面をかいま見たように思った。
やがて、 電柱に住居表示のプレートが貼り付けてあった。田辺市新若葉町5丁目。 頭に叩き込んだ番地が現れた。 電柱を曲がると、ひょろ長いマンションが見えた。
「多分あれでしょう」栗原が指さした。
周囲は桜の木に囲まれていた。3分咲だった。満開にはさぞかし壮観だろうな並木が続いていた。 樹の下には数台の乗用車が停めてあったが、例のトラックは停まっていない。
玄関は、今流行りのセキュリティーが完備していた。
外から覗く限り、管理人は置いていないようだった。また、セキュリティーを解除させ、中まで捜査を依頼するには それなりの理由と証拠が要る。
「仕方ないですな。ま、今日は自宅の確認と云うことで」 引き返す事にした。 ひょろ長い外観。窓とベランダは各階に2個づつ。
「典型的なワンルームマンションですな」 「都会的な雰囲気、隣家との近所つきあいも薄いでしょう。隠れ家にもってこいと言えますな」
「室井君の勤務先に電話してみます」 佐々木はみたび携帯を取り出した。 「確か人材サービスでしたのぅ、派遣先が別にあるかも」 栗原が云った。
「・・・・人材サービスです」 「室井さんをお願いしたいのですが」 「どちら様で」 「あ、はい、紀伊田辺レンタカー営業所の者です、少々お伝えしたい事がありまして」 咄嗟にレンタカー会社の名を借りた。
「室井の派遣先は アドベンチャーワールドですが、3日まで休暇の届けが出てます」
「あ、そうですか。で、アドベンチャーワールドて、コアラのいるあの動物園の」 「はい、そうですが・・・」 「4日、日曜の届けはどうなってますでしょうか」 「4日には出勤の予定ですが。あのぅそれが何か」 「あ、いえ、どうも失礼しました」
レンタカー営業所の所員としては不自然な質問だった。 「私としたことが、ボロが出そうになりましたわ」 携帯を仕舞いながら、冷や汗をぬぐった。
「やはり派遣の会社でした。で、彼の派遣先はアドベンチャーワールドですわ。ただ4日は今のところ、出勤らしいです」
「え、そうですか、何やら、頭が混乱しますわ。そろそろ警察への届け、必要ではないやろか」 栗原が云った。
「もう少し固まってからの方が。。それと高城社長や坂本常務の意向も確認しないと」 「確かに・・・」
坂本の口ぶりでは、田嶋総業、西川副社長の耳にはまだ入れたくない案件だ。 栗原の顔が曇った。
※ 浩二は、ようやく人の手が入っていると思われる杉木立に出た。 電動ノコギリで切り倒された木の切り株が点在している。間伐材の伐採あとだろう。
だが、本日は電動ノコの作業音は聞こえなかった。
やがて林道に出た。が、舗装はされていなく、でこぼこ道が続き、細く狭い。 オフロードバイクならまだしも、“族系”バイク集団が走るには無理がある。 この道じゃないな。
耳を澄ませると、遠く 電車の音が聞こえる。 白浜へ出発前、にわかに勉強した和歌山の地図を頭の中で再現した。
海、山、電車。
南紀、それも白浜より南の方の地形と重なりあった。
太陽の位置を確認し、林道を北に歩いた。
やがて ついにアスファルトの道に出る。
!
騒々しい怒号がカーブの向こうから聞こえた。
山並みに曲がりくねった道路を急いだ。
先の方に対向車を交わす為の広場があり、そこに何十台ものバイクが停めてあった。 騒ぎの元らしい、数十名の男たちがぐるりと囲いを作っている。
昼間から喧嘩か・・・
築港時代 多美恵の勤めるコンビニにたむろしていた”族”とやりあったのを思い出した。多美恵と親しくなる前の話だ。
一人対20名ほど。だが奴らは凶器さえ持たなければ ただの子供だった。
とるに足らない一戦だった。 「店の前でちょろちょろするんじゃあないぞ。迷惑なんじゃ」
「はい、すんません」 その後 少年等はおとなしくなり、店の周辺では“たむろ”しなくなった。
(あの件は 多美恵にはまだ話していなかったな。多美恵、今日には連絡取れるだろうか)
白浜まで 乗せてもらうとすっか。
集団に歩み寄った。
お!
バイクの集団が取り囲んでいた中に、追いかけていた“あの男”が居た。
男の傍らには、既に5人の少年が倒れている。 早や殴り倒したようだ。
取り囲んだ人数を数えた。まだ30名以上はいる。 彼らは いわゆる戦闘服と呼ばれるツナギなどは着込んで居なかったが、単なるツーリング仲間ではないのは明らかな形相だった。 だが良く見ると、 顔は子供のような幼さが残っていた。
ナンバープレートを確認すると、海南市や御坊市の文字が見えた。
「何やってんだ」
「よお、ようやく来たか」 男が浩二をみて笑った。
バイクの連中が振り向く。
「こいつの仲間かよ、やばいな」
仲間かよ と云われ浩二は噴出しそうになった。
確かに・・・ 二人とも3日程 風呂も入らず、真っ黒な顔は無精ヒゲが伸び放題だった。 おまけに二人ともブルーシートを小脇に抱えていた。
「やばいものか、ついでにやってやろうじゃん」 口々に少年等が叫ぶ。
(おいおい、友好的に、平和的に話し会おうぜ、腹が減って、フラフラだぜ)
だが、すでに5人ほど殴り倒されたとあれば、平和的交渉には無理があるのは 火を見るより明らかだった。
「やれやれ」 思わずつぶやいた。
つづく
※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名とも 一切の関係は ございません
(-_-;)