小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その42

2010年 4月2日 午後3時 コンビニエンスストア「ラーソン築港店」スタッフルーム(更衣室を兼ねた休憩室)

ようやく勤務の終えた、河本多美恵は着替えの為ロッカーの扉を開けた。 早朝5時から午後3時まで、ほぼ立ち仕事の連続。店のオーナーには悪いが、やはり勤務時間が終了し、この扉を開ける瞬間こそ至福の時だ。

ショルダーバッグを引っ張りだし、いつもの習慣。携帯の電源を入れた。

おそらく今日も連絡はないだろう。高城社長によると、浩二は携帯を紛失したらしい。 もちろん、会社の方の電話番号は聞いていたけれど、これといった用もないのに、こちらから掛けるのはためらわれた。ひたすら待ち続けるしかなかったのだ。

期待もせずに制服の上着を脱ぎかけた丁度その時だった。 着信があった事を知らせる小さなフラッシュが点滅した。 慌ててフラップを開ける。

やはり不在着信のお知らせだ。電話帳登録の「コウジ」 名前がしっかりと表示されているではないか。 受信時刻 12:10分となっていた。


「お疲れさま」

多美恵と同じシフトの同僚も着替えのため更衣室に入ってきたが、

「お疲れ」 ひとこと背中で返しただけ、携帯の画面をのぞき込み続けていた。

なにしろ、病み上がりのフラフラのまま白浜へ行き、4日間音沙汰無しのコウジからの着信だった。 同僚は怪訝な顔をしていたが、かまってられない。 脱いだ制服の上着を小脇に抱えたまま、登録ボタンを押した。

呼び出しコールは三回だった。 待ちに待った声が携帯の穴からこぼれた。 「あ、もしもし、俺。ようやく携帯復活した」

もう、かなり・・・だったんだからぁー

・・・・・・・・後日、同僚が云うには 「まるで女子中学生のような声、普段は静かな多美恵さんに、一体何があったのか思いました」 と笑った。

「そろそろ引き上げるか」 高城社長からの携帯を閉じると、佐々木はヒロシを振り返った。

ワールドアドベンチャー入り口付近、両手を後ろで組み、目を光らせている警備員の姿があった。

(もしロケット砲として・・・持ち込める可能性などあり得るのか)

「出る前に確認したい事がある。もう一度管理事務所や」 きびすを返した。

・・・・・・・

「はぃ、手前どもには常時数十名の警備員を配置しており、入園者様の安全には万全に留意致しております」 事務局責任者 山中は胸を張った。

「なるほど。で、どこの警備会社をお使いで」

山中は、(警備会社の売り込みか)と、ふと思った。 「手前どもは、長年ピージェイさんです」 (本当は先月からの契約だったのだが、頻繁に変更していると思われるのも癪だ)

「ピージェイ?」 (PJ警備・・・聞きなれないが、地元の警備会社なのだろうか、初めて聞く名前だった)

「あ、正式にはプレタジュテ人材サービスです。そちらの警備部門から派遣をお願いしております」

佐々木は「あ!」と声をあげそうになった。 人材サービスの、プレタジュテ・・・確か室井もそこからの派遣。。。

「ほぅ、プレタさんとのお付き合い、結構あるのですなぁ。もしや君もプレタさんからの派遣で?」

「いえ、私はワールドの直社員です。で、先ほどからお客様、何か我々にご不満やらご不審な点でも?」 おそらく初めて経験する佐々木の質問だったのだろう。今では珍しい髪を七三に分け、生真面目を絵に描いたような山中の表情が曇り、言葉に怒気が覗いた。

迷ったが、佐々木はテロの可能性を手短に話した。

「実は・・・」

・・・・・・・・・・・

山中はしばらく呆然とした顔をしていたが、 「そんな事、起こり得ないです。第一、危険物や危険人物が潜入する可能性など考えられないです」

「やけに自信がおありなんですな。入園の時、家族連れを装ったり、カップルを装って侵入される事って、考えられますわな」

「まあ、不審者の侵入。確かにその可能性を否定はしません、ただその先、彼らが何かコトを起こすなんて、ましてや先ほどのロケット砲、そんなコトあり得ないし、行動を起こせる道理が・・・これを見てください」

警備員の配置体制、防犯カメラによる監視システム。まさかの時の県警への通報システムなど、マニュアルブックを取り出し説明しながら、山中は胸を張った。

(確かに 起こりえない話かも。システム上は完璧)

だが、 (マニュアル上は完璧な防犯システムだ。だが完璧などこの世にあり得ない事は身を持って経験してきた。だが、若いスタッフといくら議論したところでそれを納得させるには短時間では無理だ。なにしろ相手は本日初めて聞かされた話だ)

「まあ確かに完璧なシステムのようです。どうも失礼しました。しかし、念のため4日の当日、いや明日かも、何が起こるかわからない。という事、頭の隅にでも入れておいて下さい。何か思い出すことや異変があれば、いつでも是非連絡ください」 そう云って携帯番号の入ったほうの名刺を渡した。 「はぁ、頂いておきます。ありがとうございます」 律儀な山中は頭を下げた。

(警備会社か・・・)

佐々木は、田辺署署長の言葉を聞いた際に、ふと感じた不安が再び現れた。

園を出たところに公衆電話ボックスがあった。 「ちょっと待っててくれ」 ヒロシに告げ、タウンページを繰る。

人材サービス会社の貢。 ハのページをめくる。

「プレタジュテ人材サービス」田辺市みなべ町港通り1ー2ー3とあった。

南部か。

「南部、初日に栗原さんと行きましたけど、結構近いですわ」 ヒロシが電話帳を覗き込みながら云った。 そのページ横。まるまる1ページを使った全面広告が掲載されていた。

あらゆる企業へ 豊富な人材を派遣。 まずはご相談ください

70ポイント程のフォントを使用し、シンプルでも目立つ広告だった。 佐々木はふと次の文章が気にかかった。

(同時に人材も募集中。 特に語学堪能な方。経験不問)とある。

(室井のコトもある。明日にでも行ってみるか)

佐々木は住所と電話番号を手帳に控えた。

※ ラーソン、従業員出口を出たとき後ろで軽くクラクションが鳴った。 多美恵が振り向くと、ライトバンの窓から田嶋竜一が手を振っていた。

「お久しぶりです」 駐車スペースに停め、竜一が降りてきた。 いつもは浩二と同じ作業服姿だったが、珍しく紺色のスーツを着ている。

「いやー、とんでもないもの引き受けて、てんてこ舞いですわ」

「とんでもないものて?」

「はぁ、社長っす」

「え!社長て、築港冷蔵の?」

「は、はぁ・・・」

「うわー全然知りませんでした。それはどうもおめでとうございます。に、しても浩二、何も言わなかったものだから。若いのにそれはそれは凄いて言うか、大変ですね」 最近、店に現れなかったのはこれだったか。社長業に大忙しなんだろう。 それにしても多美恵は驚いた。

だがもっと驚くべき言葉が竜一より発せられた。

「浩二君も立派な白浜の社長ですやん、4月から。。。」

「は、はぁ?」 エイプリルフールは昨日だし、かと云って冗談を言うような竜一ではなかった。 きっと聞き間違いなのか。

「うちの浩二が白浜の何ですって?」

「だからそのぅ、社長に。。まさかまだ、何もお聞きに・・・」

「は、はぃ。白浜冷凍へは単なる研修だと・」

まだ言ってはいけないコトだったか、竜一はバツの悪そうな表情を見せ、 「じゃそろそろ会社へ戻りますので。あ、そうそう、あさって4日。白浜で再会ちゅうか、詳しく知らないですが中岡に誘われ行く事に成ってるんですわ。高城社長や、坂本さんらと久しぶりに合流ですわ」 車に乗り込むや、あわただしく走り去ってしまった。

(あさって?。。。先ほどの電話では一切触れなかった話やん) 独身の時は日曜出勤はあたりまえだったが、結婚後は休みを取らせてもらえるようになっていた。 (明日、3日も午前中で勤務が終わる。内緒で行ってみるか。白浜。色々聞いてみたいことがあるし)

そう決心すると足取りは軽やかだった。

※ 4月2日 午後4時 田辺市民病院

「浩二さん、あ、いや社長さん、見つけて来ました。すぐわかりましたけん」 御坊市の暴走族リーダー 斉藤肇(はじめ)が病室に入ってきた。

「おぉー、あったか、ご苦労やった」

町村が、「一体なんですねや」 斉藤が差し出した箱を覗き込んだ。

「無線機ですわ」 「ほーそういう趣味があったのですかい。じゃあ明日の退院の手続きがありますけん」 町村は笑いながら出て行った。

「店主、ビックリした顔してましたわ。盗難にあった物と同じヤツ一式売ってくれ云われ」 斉藤が笑った。

「だろうな」

つづく ※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名、国名とも 一切の関係は ございません

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