小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その46

2010年 4月3日(土曜日)午後2時半

田辺市新若葉町5丁目 ルネッサンスハイツ前 カローラ車内 「しかし室井の奴、どこに潜り込んでるんでしょうなぁ」 ヒロシが佐々木の顔を覗き込んだ。

小一時間前の事だった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

マンション前で張り込んでいた佐々木のカローラ前に、軽のワンボックスが停まった。 車には[ワンルームマンションのルネッサンスグループ]派手な広告が。電話番号も書いてある。初老の男は紺色作業服にアタッシュケースを下げている。如何にも雇われ管理人と云った風情を醸し出していた。 佐々木は慌ててカローラを降りた。 「あのーう、ここの管理人さんで」 「はい、左様で」 60過ぎ、人なつこい笑顔を佐々木に向けながらも、どこか警戒している表情があった。

「ここへは通いなんですな」 「はい、朝、昼、夕方と日に三回廻ってます」 「それはそれは、お疲れさんです。で、ここに住んでいる室井君のことですが」 佐々木は尋ねた。 「あのう、どちら様で」 「あ、どうもワールドの佐々木と申します」


とっさに嘘をついてしまった。心苦しかったが、もし何も無いとすれば室井の事を管理人にあれこれ告げるよりはマシと判断した。

「ああ、ワールドアドベンチャーの。で、室井君がなにか」 信用したのか、警戒の表情は溶けていた。

「何度電話しても、留守電のままで繋がりませんのや、もしや、何かあったのではのでは?そう思いまして来てみたんですわ。そしたらセキュリティー万全、おまけに管理人さんも居らず、途方に暮れてたとこでした」

「それはそれはどうも。んで室井君やけんど、心配は無用です。友達の所や、思います。2、3日前でしたか電話ありまして、しばらく留守にする。そないに云ってましたけん」

「え、直接電話をお受けされたんでしょうか?」 「ええ、外泊とか、長期留守にするときは、前もって連絡するちゅう決まりですけん」 「なるほど、で、電話の声になにか不審な点はなかったでしょうか。例えばいつもより沈みがちな声だったとか」 「いえ、いつも通りやった思いますけど、あっ」

「何か?」

「はい、むしろいつもより元気そうな、明るい声でした。普段はぼそぼそと、それこそ元気のない喋り方です」

「ほーう、そうですか、それならば安心ですが・・・あのう今までもしょっちゅう外泊とかあったのでしょうか」

「さあ、私がここ担当するようになったのは今年からですけん、以前のことは知りませんが、私が担当して初めての外泊やと思います」

「その友達の連絡先などわかりませんでしょうな」 「はい、そこまでは」

「でしょうな。すみませんでした、仕事の手、休ませてしまい」 「いえいえ、これも仕事のウチですけん」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

例を云って車に乗り込んだのだった。

しばらく走ると、顔なじみになったコンビニの看板が見えた。 「ちょっと寄って帰るか」 なにげに予感がし、佐々木は店前の駐車スペースに入れた。

※ 同日午後3時半過ぎ

阪和自動車道、下り線 海南インターを過ぎるとしばらくしてトンネルがある。 このトンネルは大きくカーブを描いていた。

「さてと、いよいよ・・」 25トン大型トレーラー運転席の男は大きく深呼吸をし、ハンドルを握る手に力を込めた。

「今!!」 かけ声ともに、急ハンドルを切った。

急カーブに、急ハンドル。 通常では絶対あり得ない動作。結果は眼に見えていた。 トレーラはゆったりと傾き始め、やがてあちらこちらから、ガーガッガッ・・・ 車体のぶつかる音が鳴り響き、ドっドドーンッ、トンネル内に大音響が炸裂した。 トレーラは見事なまでに折れ曲がり、所謂ジャックナイフ現象と言う奴だ。 運転キャビンと荷台部分は完全にくの字になり、横倒しになった。 後続車の次々の急ブレーキ音も響く。が、数台は間に合わず次々と玉突き状態。アチコチから衝突音がトンネル内をこだました。

さらに 数日前から中央分離帯は工事の途中でもあり、その頼りない仮柵もトレーラーが次々となぎ倒したものだから、反対車線をも塞ぐ形で横たわった。幸いにも反対車線は交通量も少なく衝突事故は免れた。だが、上り、下りともにトレーラーによって塞がれ、和歌山と大阪を結ぶ唯一の高速自動車道は完全に寸断されてしまったのである。

とっさの急ブレーキのおかげで、玉突きになりながら軽傷で済んだ後続のドライバー達が横倒しのトレーラーの運転手を助けるべく駆け寄った。

「おーい大丈夫かぁ」 だが、声をかけたそのドライバーは必死の形相で後ずさり、後ろを振り向き 「皆、逃げろー!」と大声で叫んだ。

運転席では煙が充満し、炎までも覗いていたのだ。

「爆発するぞー」

誰かの叫び声がした。トレーラーを取り囲んだ人達が一目散に逃げまどう。

だが数分後、充満していたはずの煙は、叩き割られた窓ガラスから車外へと猛烈に吐き出される。まるで何事もなかったのように。 やがて 「どっこいせ」かけ声とともに、トレーラーを運転していた男はタオルで口を覆った顔を突き出し、あたりの気配を伺った。 周囲に誰も居ないのを確認すると、さっと飛び降り、方向を確認するや一目散に非常出口へと走り去った。

「あ、いらっしゃい。てっきり大阪へ帰ったかと」 コンビニの店主が佐々木らを見て微笑んだ。 「先日はどうも。まだ帰れず、うろうろしてますわ」

その後すっかり旧知の間柄のような会話が弾んだ。 やがて店主が云った。 「そうそう、昨日の朝。。。と、云うより夜中過ぎです。例のアジア貿易の人、現れましてなぁ」

「え、ひとりで?」 「はい、唯一日本語を喋ってた方ひとりだけです。一番愛想が良いけんど、最近見かけないなぁて、先日云ってましたやろ。その人」

「夜中に?」 「はい、夜中でした。わしんとこ24時間営業は無理ですけん、午前1時過ぎには店閉めるんです。丁度戸締まりの最中でした。いきなりバイクの音がしたか思うと、真っ黒に汚れた格好で、にゅうっと。そらぁビックリしました。どうしたんかいのそんな格好で。しかしまぁ久しぶりやなって訊いてあげたんです。 そしたら、仲間に逃げられ、一文無しで困ってる。飯もしばらく食ってない。そないに云うんです。ワシ可哀相に思いまして、ちょうど売れ残りの弁当やらお茶とか差し上げ、お金も少し貸して上げたんですわ」

「浩二君と居た奴だな」 佐々木はヒロシを見た。 「間違いないでしょう」 次に佐々木は防犯カメラを確認した。

「店主、あのカメラは作動してますか」

「はい、おそらく」

佐々木は携帯を出し、田辺署、田沼の番号をプッシュした。

※ 同日 午後5時 みなべ町 ミナベスカイコーポ301

陳麗花は、テレビのチャンネルを夕方のニュースに切り変えた。 室井はバラエティーを見たがっていたが、陳に押し切られた。

トップニュースは 高速自動車道がトレーラーにより寸断され、周辺は大渋滞と大混乱発生。現地に飛んだリポーターが絶叫するような口調でマイクを握っている。 あいにくのトンネル内ということで、天井が低くトレーラーを吊り上げるレッカー車のクレーン操作もままならず、道路の復旧にはかなりの時間がかかる見通しだと報告していた。それより何より、 上下線とも完全に寸断、周囲一帯の一般道まで大渋滞発生。救急車や、トレーラーを引き起こす筈のレッカー車の到着すら絶望的です。とヘリコプターからの中継映像がリポートしていた。

横で室井は「うわー大変やん」と食い入るように画面を見つめた。 「ほんと、どこもかしこも大渋滞やん」 相づちを打ったものの (予定通りや)心の中でつぶやいた。

だが次ぎのニュース。麗花も思わず叫びそうになった。

この度和歌山県警では 国際的テロ組織「夜明けの黒い星」メンバーの指紋が検出され、 テロ集団が和歌山県内に潜伏中の形跡があるとして、行方を捜査しています。 さらにアナウンサーが言った。 「特にこの防犯カメラに映った男。バイクも奪い逃走中、目撃者の証言もあり付近に潜伏中は間違いないとの事です」 コンビニに立ち寄った時の防犯カメラ映像で男の顔や姿がハッキリ写しだされていた。

(えっ、兄・・・まだ生きていたのか。指紋が、なぜ検出?!。) 衝撃が走り、色んな思いが錯綜した。

※ 同日 午後5時過ぎ

高速バス 白浜行き車内

河本多美恵は (普通ならもう直ぐ到着な頃やのに・・・) バスを選んだ事を後悔していた。

渋滞に巻き込まれながらも順調だったバスも突然停止。 最初は単なる渋滞による停止かと思われたが、そうではなかった。 高速道路上で立ち往生したまま、1時間以上が経過している。 ふと気付くと、反対車線の大阪行きも、やがて1台も通らなくなった。

携帯もつながりにくくなっていたが、ようやく繋がり本社と連絡が取れ、何が起こったか事情の分かった運転手からアナウンスがあった。 「お急ぎの所申し訳御座いません。この先10キロのトンネル内で大型トレーラーの横転事故により全線ストップのままです」 「なんやとー」 「そんなあほな、いつ解消するんや」 車内は騒然となった。

つづく ※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名、国名とも 一切の関係は ございません

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