小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その49

2010年4月4日(日曜日) 午前4時0分 みなべ町 ミナベスカイコーポ301

ピッピ、ピッピ、ピッピピピ・・ デジタル目覚ましの特有の電子音がけたたましく鳴り始めた。

停めなければ・・はてスイッチは、目覚ましは、どこだっけ? あわてて伸ばした室井の腕が宙をかく。

ピッ

「ごめん、寝過ごすところやった」 すばやく伸ばした麗花の手が停めた。 朝の4時。部屋の中はまだ暗闇の中だ。 リモコンで天井の照明にスイッチを入れる。

「朝食の支度急いでするから」 言いながら早くも、カーデガンを羽織りながらキッチンに向かった。 その後ろ姿を見送りながら、 (なんて愛[いと]おしい、何もかもだ・・・ 突然やってきた我が人生の春。出来ることならいついつまでも。。。だが昨夜のあの嗚咽は一体何だったのか)寝入ったあと、室井は麗花の嗚咽で目覚めていた。


声をかけようかさんざん迷ったが結局、再び寝てしまっていた。 嗚咽の心当たりはあった。 国籍問題だ。昨日だったか麗花がふと洩らしたひとこと 「だって私、あなたと国籍が違うもの・・・」 きっとそんな事に悩んでいるに違いない。 「そんなの関係ないや」何度も言ったけど軽い男の単なる出まかせと思ってるのだろうか。。。。もしそうならば誤解を解かねば。。

ベッドの中で大きく背伸びをした。 (とうとう休みも終わったか。もう少し寝たい。けれど今日は“例の仕事”が待ってる。 よし50数えたら起きよう) 再び毛布に潜り込んだ。

・・・・・・・・ 午前5時0分

「じゃあ、行って来ます」

見送りに立った麗花の返事がない。 どこかよそよそしい。 食事中も室井の目をまともに見ようとしなかった。 ようやく小さな声で「いってらっしゃい」

「俺ら新婚の夫婦みたいや」 わざとおどけながら言った。 笑い返してくれるのを期待したが、無言でうつむいている。 やはり様子がおかしい。

「そうね・・・」 ぽつりと返しただけ。伏し目がちに室井の目を見ようとはしない。

「どこか具合でも悪いんか」 「いえ、どこも・・・」 言いながらも下を向いたままだ。

「今夜、終業点検とか一斉清掃で徹夜になるけど、明日ここへ帰ってもよいかな」

「う、うん・・・それより時間。。そろそろ行かないと」

室井は腕時計を見ながら「あ、やべ。じゃあ、明日。また」 下を向いたままの目をのぞき込んだ。 麗花もようやく室井の目を見据え、手を握りしめてきた。 そして一言、「ありがとう」 とだけ、ぽつり。

そしてさっさと送り出すや、中に入ってドアを閉めてしまった。

ん?(今のはまさか、サヨナラのありがとう?) 後ろ髪が引かれる思いで階段を下りた。 マンションを出ると4月はじめ特有の冷気が室井の体を包む。 遠く望む東の空は明るくなり始めていたが、見上げた頭上の空は漆黒のままだ。 星がまたたき、月が悲しいほど美しい。 (今日も快晴・・)

すこし歩き、マンションを振り返り見た。 3階、麗花の部屋の窓が見える筈だ。

カーテンの隙間から部屋の灯りが見え、人影が動いた。手を振っている。 あわてて手を挙げ返した。 だが振り返った室井に気づくとなぜかカーテンはサッと閉じられた。 (なぜ?・・・) 引き返したい気持ちを堪(こら)え、駅へと急いだ。 ・・・・・ しゃがみ込んだカーテンの向こう側 麗花。

(何やってんだ私・・・) 室井を呼び返し、引き留めようとしながらも結局出来なかった自分を責めた。 明日。空っぽの部屋に、呆然と悲しみの目で立ち尽くす室井の顔が浮かぶ。

それよりなにより、本日繰り広げられるだろう”その重大出来事”に、 知らなかったとは言え加担してしまった事に室井は耐えられるのだろうか。 思うと胸が痛んだ。 (胸が張り裂けるて、こういう事なのか) 善良な男を弄(もてあそ)んだ事への思いも、いっそう麗花の心を締め付ける。 今後も背負い続けねばならないだろう運命を恨み、自分を呪い、あれほど信じ続けた組織に対し、疑問が芽生え始めていた。

携帯が鳴った。おそらくリーダーだろう。だが しばらくはカーテンの裾をつかんだまま立ち上がれなかった。

※ 午前6時30分 阪和自動車道 トンネル事故現場 徹夜でレッカー作業が続いていたが、あいにくのトンネル内、天井の低さが邪魔をし、復旧作業は難航を極めた。

それでも、徐々に車体はつり上げられ、着実に起きあがりつつあり、そのたび周囲から安堵の歓声が起こった。

復旧作業責任者は腕時計を見、言った。 「この調子なら午前9時半には開通できそうですけん」

※ 同 6時半 ワールドアドベンチャー 午前10時の開園に備え始業点検に従事する早出組たち、既にひと仕事を終えていた。

室井は、作業をしながらふと、タイムカードに貼られていたメッセージの付箋を思い出した。 (駅前で知り会われたヒロシという方。2日に来園され、よろしくとの事です。by山中)

(他の従業員との間違いじゃないのか) 管理事務所、山中の顔が浮かび、 (時々ポカするからなあの人)と自分で納得させた。

・・・・・・・・・ ちょうどその頃 管理事務所、山中はいつもより二時間早く出勤していた。

大阪府警の刑事だった佐々木からテロの予兆を聞かされ、気になっていたのだ。

デスクにメモが貼られていた。 (田辺署署長よりTEL、明日4日は海南署の代わりの警備応援としてPJ警備から10名、増員で手配した。との事です)

山中は 昨夜トンネル内の事故を告げるニュースを見、 「海南署は今日の応援どころじゃないのでは?」 気になっていたのだが、 (とりあえずのところは。。)安堵した。

※ 午前8時 海南署 取り調べ室

業務上過失容疑で緊急逮捕した、大型トレーラ運転手 工藤良治に対しての取り調べが再開されていた。

工藤は一晩ぐっすり眠り、昨夜の混乱から正気に戻っていた。 「刑事さん、嘘やないですけん、きのうの朝方のこと思い出したんです」 「なんや、言ってみい」 「小便から運転席に戻ったとき、窓をコンコン叩く音がしたけん、ガラスを降ろし、のぞき込んだんですわ、ほたらいきなりグーパンチが飛んできて。そこから記憶が跳んでるんです。あ、それと見てください、この両手、両足首」 言いながら立ち上がり、刑事の席側に歩み寄る。

取り調べの刑事、村木が 「あ、こら。勝手に立ち上がるな」 叱りながらも、のぞき込み「あっ」と声を上げた。 見るとロープのようなもので縛られた跡がくっきり残っていた。赤黒く内出血をしている。 当然、自分で縛り付けられるものではない。

その時 コンコン ノックがし、 別の捜査員が入って来、村木に耳打ちする。

「薬物関係の反応はシロでした。それと、国道42号線 炎上した軽トラ。本当の持ち主が現れました。持ち主が言うには事故の少し前、ホームセンター駐車場でいきなり現れた男に強奪されたとの事、目撃者もあり、被害届けを出されてます」

「なんだと。炎上させ逃げたのは持ち主じゃないのか」 「はい」 「二つほぼ同時に近くで起きた事故。それは事故にみせかけた事件か、何のため?」 「県警本部からテログループの仕業では?注意喚起の書類が届いています」 「テロだぁ? あッ、田辺署への応援を遠ざける為か」 「おそらく・・・」

村木刑事は机向こうの工藤運転手を見ながら「うーむ」と唸った。

※ 午前9時0分 ワールドアドベンチャー 観覧車前 室井は時計を確認し、「あと一時間で開園・・そして10時も過ぎるといよいよ・・・」 数日前、男と交わしたやりとり。頭の中で何度も再現し、本番に備える事にした。

「カメラマンと助手ひとりの二人で乗り込む筈だ。撮影の機材一式も、当然持ち込むことになる。少し大がかりな機材だ。その二人が頂上付近に達するのを見計らって、例の停止ボタンを頼む」 「予定は何時ごろでしょうか」 「ああ、白浜着が朝11時5分着だが、滑走路に現れるのは10時50分から11時の間と見た。観覧車の頂上への到達時間から逆算して、10時30分から40分頃には乗り込むつもりだ」 「承知しました」

・・・・・・

※ 同9時20分

裏門にあたる西口ゲート前。クラクションが鳴った。 ワールドアドベンチャーの職員が駆けつけると PJ警備の社名入りのバスだった。

ワールドの職員は「あ、ご苦労様です。少々お待ち下さい」 管理スタッフ山中にレシーバーで「PJさん到着されましたが」 と確認した。

すぐさま 「待っていた。直ちにお通しし、私の所まで案内しなさい」 レシーバーの向こうから山中の声が響いた。

つづく ※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名、国名とも 一切の関係は ございません

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