小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その50

2010年4月4日(日曜日)午前9時45分 東京国際(羽田)空港

乗客38名を乗せた日本航空1381便白浜空港行きはほぼ定刻通り、トーイングトラクターに鼻先をそろりと、押し出され、エプロンと呼ばれる駐機場を離れた。その後離陸用滑走路に入る手前の誘導路でおおよそ2分間、待ちぼうけを喰わされたものの、順調に滑走路へと移動していく。平日に比べ案外東京から離陸する機が少ないのかも知れない。 透き通るような青空には雲もなく、夏を思わせる陽の光が滑走路に降り注いでいた。

(定刻通りや) 田嶋総業社長 高城はスーツの袖をたくし上げ確認した。

おそらく法王を乗せているのだろう。出発ゲートでは、おびただしい数の警察官を見た。 だが、おそらく法王は一般乗客の搭乗案内が始まる前に搭乗は済ませていたのだろう。姿はとうとう拝見することは無かったが、空港や機内の空気は普段とは違う緊迫感が充満していた。 午前10時ジャスト、機は無事離陸し、羽田沖を大きく旋回を始めその鼻先は南紀白浜に向けた。 機長アナウンスで、南紀白浜空港には定刻11時には到着予定。天候は快晴。午前9時現在の気温は12度5分との事だった。 前方スクリーンのテレビニュースを見るべく視線を上げた時だった。3名程のグループがいた。 三人ともスーツ姿、一見普通の会社員なのだが、あたりをしきりに気にしている。うち一人と視線が合った。高城と視線が合うや、慌てて目をそらす。さらに 東南アジア系の人相と言うのが気にはなった。 が、月曜の朝から丸一週間、お供を続け行動を共にしてきた会長も、会長は大阪行きの便。とようやく離れた開放感や、何と言っても東京でのやっかい仕事がようやく片づいた安堵感からか、 いつの間にかうつらうつらと、眠り始めていた・・・

※ 同時刻 ワールドアドベンチャー正門前 田辺市の農夫、福田広介68歳は、孫の圭介に、腕時計を見せ 「ほら、あと15分で開くけん」 春休み最後の日曜、女房の澄江65歳と一緒に春から小学生になる孫を連れワールドに遊びに来ていたのだ。 「ここの観覧車スゴいけん楽しみや」 孫、圭介の声が弾んだ。

行列のすぐ後ろ、会話を聞いていた白浜冷蔵従業員森本修次、通称シュウジは、 横の彼女に「予定変更や観覧車先に、乗ろうや」 と聞いた。 「えー、パンダが先きって、言ってたけん」 「あとでもよかろうがパンダなんか。ここの観覧車西日本一番の大きさで人気あるけん、遅れると行列凄いけん」 「そないに言うなら」入場券その他の費用はほとんどシュウジが持つので、西岡由里はあまり強く抵抗はできず、渋々納得した。

※ 同時刻 河本多美恵。 バスをあきらめ、JRで向かうことにし、海南駅で特急くろしおを待った。

朝ようやく浩二の携帯に繋がっていた。 ・・・・・・・・・・・・ (やっと繋がったね) (ああ、その後いろいろあって) (元気なの) (ああ、5キロほどランニング久しぶりにしたわ) (へー、ところで今日竜一さんとか、中岡さんらと白浜で会うんやってね) (え、なぜそれを) (ま、会ったらよろしく言っといて) ・・・・・・・・・・・・・ そう携帯を切ったのだが、白浜で会って驚かすつもりだ。 竜一の携帯に連絡がとれ、時間とホテル名は確認していた。 竜一や坂本、中岡らは空港へ立ち寄り高城社長を迎えに行くとの事だった。

※ 同9時45分 ワールドアドベンチャー管理棟

ほとんどのスタッフは開園時間を間近に控え、入園者の出迎えに散っていた。 山中ひとり残り、本日応援に駆けつけてくれたPJ警備と打ち合わせを始めていた。

「と言うことで5名の方、観覧車付近の警備をお願いします」 「残り5名は?」 「そうですね、では入場ゲート付近の警備をお願いします。もし不審者、たとえば大きいバッグを持ち込もうとする場合、バッグ内の所持品確認をお願いします。ただし、くれぐれもお客様とのトラブルなどは起こさぬ様願います」 「了解しました。で、山中さん」

「はい何でしょう」 「ポリスへの通報ボタンが、ここにあると伺いましたが」

何故聞く。。。 一瞬不審に思ったが、 「はい、この赤色ボタンがそうです。何か不測の事態が起これば、押すだけで近隣の署から駆けつけてくれる事になってます」

自分のデスク横のスイッチを指した。

「その横に繋がっているコード。それが断線するとどうなりますか」 奥寺の横の男が訊いた。 (奥寺もそうだが、アクセントになまりがある)

「断線、そりゃあ不通になってしまいますよ」 答え終わるや 「そりゃあ好都合・・・」 男がさっと手を伸ばし、コードを引きちぎった。

「え!な、何する。。。」 山中は血相を変えたが、あまりにも突然すぎて何が起きたのか飲み込めなかった。 奥寺を名乗る男が「しばらくの間静かにしてもらう」 言いながら拳銃の銃口を向けた。

※ 白浜市内の交差点、要所要所に検問体制が敷かれ、どこも渋滞していた。 ヒロシと空港へ向かっていた佐々木は 「早過ぎるか、思ったけど丁度良い時間になるな。やっと50メートルほど進んだだけや」 カローラのステアリングに手をかけ、手のひらを交互にブラブラさせた。

「ワールドへ向かう道、結構空いてますね」 ヒロシの言葉に、

「ワールドか、ずっと気になってる。山中に電話してみるか」 停止したままやから 携帯電話も構わないやろ。 言うや、山中の携帯番号をプッシュした。

・・・・・・ 携帯が鳴った。 山中はむろん、その場にいた全員が凍り付いた。

銃口を向けた男が言った。 「出ないのも不自然だ、電話に出ろ。ただ、わかっていると思うが余計な事を言うと君の命はない」

さっさと出ろ。

仕方なく山中は受話ボタンを押す。 「も、もしもし山中です」 相手は元刑事の佐々木だった。 山中に閃く(ひらめく)ものがあった。

(大丈夫やろか。気になって電話したんやが)

「あ、これはこれは佐々木印刷さん。いつもお世話になってます」 銃を向けたままの男の顔色を伺う。変に疑いは持っていないようだ。 つい先ほど印刷所と交わしたやりとりが役立った。

(はぁ?) だが佐々木も察知した。 (声が震えてる。山中さん、何かあったか)

「ええ、先日言ってられたパンフレットです。こちらから印刷をお願いしようと思っておりました」

(目の前に誰かいるのだな、何人居る?もし5人なら印刷は5千枚、10人なら印刷は1万枚。とでも・・・)

「あ、はい、今の所印刷は1万枚でお願いします」

(今居る場所は)

「ええ、納品は管理事務所の方で」

(わかった。田辺署にも通報する。私らもすぐ駆けつける) 携帯を胸ポケットに仕舞うや、 「ワールドがやばい、相手は10名。昨夜浩二君が傍受してた無線の人数や」 右ウインカーを点滅させ、強引にUターンさせた。ポケットから携帯を取り出し、 ヒロシに放り投げる。

「田沼の番号を登録しているはずや」 「了解っす」

※ 同 9時55分 南紀白浜空港 マツダの2トントラック「タイタン」空港玄関前に横付けされた。 空港職員が駆けつけ 「ご苦労様です。トラックはあちらへお願いします」 駐車スペースを指差した。

「了解や」 白色のボディにはやけに目立つ様に紺色で「PJ警備」とペイントされてあった。 荷台の幌、ジッパーを開け、制服を着込んだ男が降りたつ。

先頭の男が号令をかけた。

「今からエアポート作戦に備え配置に着く」 「ワシらの、出番てあるのですか」 浅黒い顔の隊員が訊いた。 「ワールド作戦が必ずしも成功するとは限らない。二重三重の予防線が必要だ」

※ 同 午前10時5分 南紀爆走連合・偉維愚流(イーグル)御坊支部リーダー斉藤 集合をかけ白浜に向かっていた。

紀伊の山で強奪したバイクの男。偉維愚流(イーグル)田辺支部の村井がみなべ町のガソリンスタンドで見かけた。 村井は元総長の、みなべ町茶店のマスター 平岡雄一に連絡。そして平岡は次期総長候補、御坊支部の斉藤に連絡したのだった。

「わかっとろうが、ワシらのバイクを奴らに玩具(オモチャ)にされたんじゃ、 ワシらの手で始末をつけにゃあ、ならんけん」

村井の話では白浜方面 つまり、ワールドアドベンチャーか、空港方面へ走り去ったと云う事だった。

丁度信号待ちをしている時だった。 受信を示す携帯のフラッシュが点滅した。

白浜冷蔵社長 河本浩二からだった。

(さっき集団で俺を追い抜いただろう)

「え、車かバイクですか。全然気付きませんでした」

(はは、そんな気の利いたモノあるかい、チャリや)

斉藤は 2メートルもの浩二社長が自転車を漕ぎ、駆けつける姿を想像し思わず吹いた。

「あ、失礼。では一足お先に」

視線の先にはワールドの大観覧車がゆったり廻っていた。

つづく ※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体、地名、国名とも 一切の関係は ございません

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