小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その23

(オー、ノー)と云ったきりジャンニ・ビアンコは頭を抱え込んだ。
日本人ではけっして見られない派手なリアクションゆえ、(まさか演技?)と思わせるものがあった。
その証拠に、1分もしないうちに笑顔で

「OK、ミスターイムラ。ミニマムは1億リラ。条件を呑みましょう。その代わりロイヤリティーは5%」と要求してきたのだった。
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昨日大阪で行われたシミュレーション会議。
国光が「もしかしてロイヤリティーは5%を要求してくるかもやが、繊維ジャーナルの木内君によると、世界の相場はせいぜい4%が上限っちゅうことや、将来きっとオーバーロイヤリティを支払うコトになるだろうから、この1パーセントは結構大きい。なんとしても4%は護ること」
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そう予測していた通りの展開を見せ始めた。
思わず僕と川村は顔を見合わせ、うなずき合った。
川村はすかさず伊村社長に耳打ちした。



「ミスタージャンニ、我々も色々調べさせて頂いております。世界の相場で5%など滅多にないのではないですか。せいぜい4%が上限と調査しております。4%、これも我が社の誠意であり、精一杯の数字です」

伊村社長は毅然と突っぱねた。
通訳の言葉を聞き終えたジャンニに苦渋の表情が現れる。

「その代わり・・・と云っては何ですが」
すかさず伊村が続けた

「プロモーション計画。その予算に1億リラ用意しました。貴方のブランドを我が国で大々的にアピールさせて頂きます。我が社始まって以来の広告予算です」

通訳が伝えると、感嘆の声が彼らにあがった。

「たかが告知に1億リラ!なんとクレージー。貴方達の気は確かですか」
通訳が申し訳なさそうな顔で伊村社長に伝える。

「ミスタージャンニ。我々は貴方が作り上げたスーツを始め、数々のファッション商品に対して衝撃を、そして深い尊敬の念を抱きました。貴方の素晴らしいブランドや商品を我が日本でも、いち早くより広くアピールする為に、我々は費用をまったく惜しみません。これこそ、素晴らしいブランドに対する我が社の誠意と受け止めて頂けないでしょうか」

聞いているこちらの方が、胸からこみ上げるものがあった。相手の心情に巧みに入り込むというか、心憎いモノがある。いや伊村健介、個人として素直な心の吐露だったのだろう。きっと。

ふと、国光常務の場合どういうセリフを用意したのだろう。そんなコトを考えていた。

通訳の方も言葉が持つ意義を意識してくれたのか、今まで以上に熱が入り、身振り手振り、かなり感情のこもった通訳をしてくれた。

ジャンニの表情がみるみる変わり「ブラボー!グラッチェ!(いいね!ありがとう!)」
握手の手を求めてきた。
伊村健介も満面の笑顔で右手を差し出す。

この調子なら・・・
陽の高いうちに帰りの新幹線。缶ビールをやりながら車窓からの霊峰富士。それも悪くないな。。。と思いを巡らせたのだった。

ジャンニ側の笑顔の消えぬうちにと、三宅によるプロモーション計画の説明が始まった。

前村は人数分の資料を配り歩いたあと、スライド映写機の側にスタンバイした。

「ドウモ、アリガトゴザイマス」



しかし、
ジャンニの機嫌の良い片言の日本語はそこまでだった。

例の 山下ゆり恵、サヨナラコンサートへの協賛広告の説明が始まった。
通訳の言葉に最初は機嫌よく耳を傾けていたが、
しばらくするとジャンニの表情が一変した。

「ホワイWHY!?ヤマシタWHO!」
のあと、通訳に向かって何やらわめき散らした。

通訳の女性。ミムラと言うオカッパ頭の好感が持てる少し年輩の方だった。イタリア暮らしが長かったと言う。ご主人はミラノで腕利きのカバン職人。だが事情があって離婚。傷心のまま帰国されたと言う。日本に帰ってきてまだ1、2年。

そのミムラさんが三宅に哀しい表情を向けた。
「ヤマシタユリエという歌手はまさか、男性なのですか、それなら理解できます。もし女性歌手と云うなら、とんでもないコトです。彼女に私のスーツなど似合うハズがありません。私のブランドを侮辱された気分です。今までの契約の話はすべて白紙に戻して下さい」

ミムラさんの表情にもどこか険しいものがあった。
ジャンニの言葉でなく、もしミムラさん本人の言葉だったとすれば、どれほど良かっただろうか。勿論、烈火の如く怒りだしたジャンニの言葉をミムラさんは代弁したにすぎない。

一瞬、頭の中が真っ白になった。
もちろん僕だけでなく、こちらのテーブル、船場側全員が一瞬にして凍り付いたように感じた。

国光に呼び出され、忠告を受けた言葉が今ごろになってよみがえる。。。

「じゃが、ここまでうまく行きすぎな気がする。ええか若い君にすぐ理解せえちゅうても無理かも知れんが、こういう時こそどえらいコトが起きるもんや、気を引き締めてかかるように」


ここに来て、契約の話は白紙・・・
それも自分が云いだしたプロモ計画の為・・・
丸太ん棒で頭をゴツンとぶん殴られた気分だった。

ガタっ。派手に椅子を引く音が響いた。ジャンニ達が立ち上がる。
え!
万事休すか。

その時、パチ。

部屋の灯りが消え「ミスタージャンニ。スティ。お待ち下さい」
前村の絶叫に近い声が聞こえたかと思うと
壁に吊るされたスクリーンを映し出すものがあった。

ミムラさんも必死に彼らを説得、立ち止まらせてくれている。

あの引退発表の新聞記事がアップになった。いつの間にかイタリア語が書き加えられてあった。

「このスライドに。一体何の意味があるのですか」
立ち止まったまま怒鳴ったジャンニの言葉をミムラさんが伝える。

三宅は悠然と

「ミスタージャンニ。山下ゆり恵はそこらのアイドル女性歌手じゃないのです」
ほぼ同時通訳でミムラさんが伝えてくれる。彼女もコトの緊急さを察してくれたのだろう。

三宅はカバンから新聞を取りだした。
「これをご覧下さい。芸能、スポーツ新聞なんかじゃない一般の新聞です。毎朝新聞は日本でも権威のある新聞社なのです。その新聞しかも1面に彼女の引退会見の時の模様が掲載されてます。如何に彼女が日本じゅうで愛されてきた国民的大スターか。この新聞の扱いが如実にそれを語っています」

ミムラさんは新聞をひったくるように取るとジャンニの前で広げて見せ、まるで彼女がジャンニに説得するかの如く伝えた。

ようやく彼らは座りなおし、

「いくら大スター とはいえ、女性には違いありません」

だが、やや落ち着きのある口調に戻っていた。

「衝撃」と三宅はポツリと言ったあと、
「たまたま、衝撃が彼女の新曲のタイトルなんですが、先ほど伊村が申し上げたあなたの素晴らしいブランド。より早く広める為に何らかの衝撃が必要と考えました。彼女の引退発表。日本国民は悲しみと衝撃を受けました。もし疑うなら滞在中テレビをご覧下さい。朝から晩まで彼女の引退に関しての映像を見られるハズです」

ジャンニの顔を伺うと、すでに怒りは消えていた。破れジーンズ男が何やらジャンニを説得してくれている様でもあった。

山下ゆり恵。たしか海外でも若い男を中心に知名度は会ったはずだ。彼は山下を知っていたのかもしれない。

タイミングをみて三宅が前村に合図した。
スライドの続きが始まる。

BGMにあのラジカセが鳴り響く。(三宅の馬鹿でかいカバンはこれだったのか)
そして
いつの間に用意してたのか、前村はジャンニのジャケットを羽織っていた。

ビュッ シュッ ブワーン 突き、蹴り、右足が華麗に円を描く廻し蹴り。

そして あのセリフを堂々と放つ。
ミムラさんがすかさず翻訳してくれた。

やがて

「ブ・・・ブラボー!」
とてつもない、歓声が拍手と共に響き渡る。

その声の持ち主は? と振り返るまでもなく
 
勿論、ジャンニ・ビアンコだった。
 
                         つづく

※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似たいかなる個人、団体、地名

、などが出現しようとも 一切の関係はございません 

 (-_-;)