小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その27

実にドラマチックで、めまぐるしい一週間だった。月曜日、雨の琵琶湖行きに始まり、翌火曜は会社役員に対するプレゼンテーション会議。そしてなんと言っても木曜日、日帰りとはいえ初の東京出張、東京支社で行われたジャンニ・ビワンコとの契約の調印。 入社3ヶ月の森野にとって、どれも初めて経験する事ばかり。実に貴重な一週間だったと言えよう。そんな一週間もようやく終わりを告げようとしていた。「じゃあお先に失礼します。来週もよろしくお願いします」 めずらしく定時で帰れるのがよほど嬉しいのか、前村がはちきれんばかりの笑顔を見せながら挨拶に来た。 「お疲れ。何かええコトあったん?」 「藤原さん達と、久しぶりにお茶会しようって」 藤原さんと云うのは、前村と同期入社組で営業2課の事務をやってる子だ。 「それはそれは愉しそうで何より。お邪魔しょっかな」 つい軽口が出た。 前村は急に真顔になり 「え・・・それはちょっと。今夜は女子だけの会なので」実に困った顔でうつむいてしまった。 「え、冗談、冗談やん。これからデートやねん」 すると、 さらに顔が曇り「えーそうなんですか」 とがっかりした表情を向けてきた。
「え、ウソウソ。んな訳ねえだろう。独りさみしく我が家ですわ」 すると、ぱッと表情が明るくなり、 「来週、例の打ち上げ行きましょうよ。必ず」 そう早口で言うと、ぺこりとお辞儀をし、事務所を出ていった。 (さっきのあの表情・・・これからデートと言った時に反応した悲しげな顔は、自分への恋心ととらえて良いものだろうか。いやいやそんな訳など。。。だがもしそうならば。。。。) 色々なコトが浮かんでは消え、また浮かびと、頭のなかをぐるぐるかけ巡った。 それより何より。。。 帰り支度をしながら、今夜もピアノレッスンの国光常務に対して軽い嫉妬を感じた。 (ちぇ、いいなぁ。自分もピアノを弾きたくてたまらない・・・) 弾かなければ折角覚えた感触も忘れそうだった。 (たとえオモチャのピアノでも。。。。はッ。妹が昔遊んでた奴。押入れのどこかにあったのでは?) ※ 家に帰ると机の上に郵便が置かれてあった。 森野 彰様 見事な達筆には見覚えがあった。慌てて裏返した。 やはり、長沢雅恵からの手紙だった。ハサミを探し出すのももどかしく、指で封筒の先をひきちぎった。 拝啓・・・←この書き出しって、何か変ですよね。少し抵抗あります。さて 山の中腹にある学校のアジサイは、まだまだ満開なのに、街で見かけるそれは、すでに散り始め、ちょっぴり哀しさがつのります。 お元気ですか森野さん。いやアキラさん。いやいやアキラ。。。 唐突な手紙 申し訳ございません。・・・・・ 子供の頃書道を習っていたという。美しいブルーインクの文字が誇らしげに踊っている。 ぶ厚めの便せんを数えた。 なんと8枚。。。。 階下では「さっさと食べな冷めるで」 母親のキミコの呼ぶ声が先ほどからうるさい。 「もう少し、あと5分したら降りるわっ」 階段に向かって声を張り上げたあと、便箋の先を急いだ。 ・・・・学祭。それはそれは大盛況なものでした。あの感動と興奮。アキラと一緒に共有したかったです。後夜祭には、ななんと驚くことなかれ、話題のフォークグループ「かすたねっと」に来ていただきました。彼らが奏でるギターやヴァイオリンの「紫陽花エレジー」それはそれは感動モノでした。会場に集まったおおよそ3千の聴衆。全員の号泣が大合唱となって生駒山を揺らせました。・・・ 学祭について綴られた箇所は流し読みすることにし、先を急いだ。 ・・・・覚えてられるでしょうか。 右も左も分からなく、まごつきながらのバイトの初日。 「キミ中学生?」 ”ひねた”大学一年の私に向かって(そんなわけないじゃん)って思いながらも、貴方の優しい眼が印象的で、たった一日でアキラのことが好きになりました。 それから3年・・・ 色んなところへ連れていってくださいました。 色んなことを教えてくださいました。 色々な話をしてくださいました。非常にタメになる話や、そうじゃない話も。いまここに、どういう内容だったか書こうと思えばすべて書ききる自信はあります。エヘン (うんざりとしたタメイキが聞こえそうです。だから書きませんけどぉ) 昨日の三時限目、浅井先生の「行動経済学」の講義内容はすっかり忘れたのに。。。 さて、いよいよ本題どぇーす。 今週の月曜日。いよいよ本格的な梅雨が始まりましたね。教育実習の為、京都のある中学に挨拶に行った帰りJRの快速急行に乗りました。雨の強い日でした。 ・・・・そこまで読んでドキっとするものがあった。 ここまで書くと、もうお分かりかも知れませんね。 素敵な方ですね。ご一緒にいらした髪の長い女性。 「もう5分たったでー」 下からキミコの叫ぶ声がした。 無視して先を急いだ。 ただの会社の同僚かも。いやきっとそうに違いない。そう心に決め、わずか10メートルほどのところから見てました。というより観察ですかね。 やがて、”あッ”とある事に気づいてしまいました。素敵な女性だけれど、なんとなく違和感があるなーって眺めてたら、なんと彼女が着てらしたのは、あのジャケットじゃないですか。 5月の連休、梅田の百貨店で私が選んであげた麻の薄い水色。。。けれど何か事情があったのかも知れない。そう心を落ち着かせました。 しかし。。。 眼は正直です。アキラに向ける彼女の瞳。雄弁に語りかけていました。単なる同僚に向ける瞳ではなかったです。全幅の信頼と激しい恋心を寄せる時の熱い眼でした。同じ女の私には痛いほどわかるのです。もちろんあの時の貴方の眼。すくなくとも彼女に好意以上のモノを抱く眼でした。 。。。。あ、誤解なされないでください。 アキラを責めてるのじゃないのです。 実は・・・と申しますと あのとき私の隣には、中学、高校時代の同級生が居たのです。彼も同じ母校である京都の中学に教育実習の打ち合わせに来てたのです。心がときめく再会でした。 ですからあの時、反対に貴方に見られればゴマカシ様がないほど、私がうろたえた番だったのです。 貴方はこんな私を本当に大切にしてくださいました。真剣に愛してくださいました。感謝の気持ちで一杯なのです。 今、初めて言いますが貴方は当時の私を救ってくださったのです。 三年前。。。。 あなたに出会った頃、私は「どん底」のさなかに居ました。 父の勤める会社は倒産。中学の弟はバイク、窃盗その他モロモロの不良行為連続の問題児。母親はノイローゼぎみ。せっかくの大学も辞める寸前、ワタシの周囲は真っ黒な闇に包まれていたのです。 恋愛なんて面倒なモノ。。それどころじゃなく授業料の少しでも足しになれば。。。と考え始めたバイト。うろうろと、ミスばかりし、叱られっぱなしのワタシ。たった初日の朝でバイトを辞める決心を固めたのです。 ちょうどその時です、冒頭に申し上げたあの 「君中学生?」 貴方が声をかけて下さったのです。そして、すっかり忘れかけていた“笑顔”をこのワタシに取り戻してくれました。 家庭の中や授業中。嫌なこと、辛いコトがある時 貴方の笑顔を思い出しました。前向きに“明日”を考えられるようにもなりました。 ワタシの一寸した笑顔が効いたのか、家庭内でも平穏が少しずつ戻ってくるようになりました。 貴方と出合った翌週には、なんと父の再就職も決まったのです。 母親は。。。時おり沈みがちな日もありますが、元気を取り戻しつつあります。 そして、あの“絵に描いたような悪がき”の弟も今や一人前の高三。 なんと大学生を目指しての受験生なのです。 貴方は 私ひとりだけじゃなく、家族をも救って下さいました。 そんな気がします。いやそう信じています。 何度も言います。今まで 本当にありがとう御座いました。 そして・・・ 私以上に彼女を大事にしてあげてください。←あッ こんな言い方 イヤミに聞こえますね。でも本当の素直な気持ちなのです。 そしてお体を大切に。会社勤めには想像を超えるモノがあると思います。こんな私も来年から社会人です。できるなら教師を目指します。 今まで本当にありがとうございました。 敬具 ・・・・・・・・・最後のページには涙の跡なのか、所どころ滲(にじ)みが出ていた。 その滲みに気づき、こみ上げるものがあった。迂闊にも涙があふれてしまった。 だが、教育実習・・の文字。 はッと、唐突に思い出すモノがあった。 中3の時、実習に来られていた女子大生。その方がまとっていたコロンの香り。。。 便箋の向こうには、田代ひとみの笑顔があった。 つづく ※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似たいかなる個人、団体、地名 、などが出現しようとも 一切の関係はございません (-_-;)