小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その50

翌、木曜の朝が明けた。と言っても窓の向こうはまだ暗闇だ。 時計が鳴り響く前には目覚めていた。 この頃、すっかり酒の席に慣れたのか、以前のような二日酔い気分はなかった。 けれど昨夜とうとう連絡のつかなかった石坂美央に対する心配が重くのし掛かっていた。会社への電話って、いったい何だったのだろう。今夜のレッスン、都合で中止。単にそれだけの用件とするならどれほど嬉しい。。。しかし、たったそれだけの事で電話してきたとは到底思えない。ましてや本人でなく美佐江さんなのだ。国光が美央を病院で見かけたと言う話が重なり、より心を重くした。

思考の回路は木内が思いついたバー鳥越でのパーティ作戦に行き着く。だが美央に何かが起きているとするならば国光のレッスンに支障をきたすのは間違いない。果てさて、どうしたモノやらと寝返りを打った。

すると、その拍子に昨夜バッタリ逢った前村の顔が浮かんだ。
あ、国光が望む1曲ぐらいなら、若干経験のある彼女でも教えられるのではないか。それに美央への心配は杞憂で、レッスンも無事行われ、自分の木曜を譲るとしても、週にたった2回の練習では来月に間に合いそうもない。 ここはひとつ前村にも是非協力を仰ぐべきだ。。。 我ながら良い考えじゃないか。あ、しかしまてよ、その場合まさかオモチャのピアノで練習と云う訳には。。 所詮、無駄な思いつきか。。。ふたたび寝返りを打った。 バー鳥越でのパーティも夢物語で終わってしまうのか・・・

鳥越。。。。!? あ、鳥越があるじゃないか! 前村が引き受けてくれるとするなら、割烹まえむら。。。の娘と言うこともあり、隣近所のよしみでイヤとは云わないのでは。しかも今や常連客になっていた国光。木内との会話を耳に挟み重い事情を知ったであろうマスター。その彼がにべも無く断るとはどうしても思えない。 寡黙で深いシワに刻まれたマスターの顔を思い浮かべた。 場合によって今夜、お邪魔してみたい。 それにしても、美央。。。 思考がまたもや美央に行き着くと胸が締め付けられる。 はたして今夜のレッスンなど。。。。

階下で物音が聞こえた。にゅうっと手を伸ばし目覚まし時計をたぐり寄せた。ようやく5時過ぎ。夜勤明けの親父が無事帰宅したようだ。寝床で一度背伸びするや、寝るのをあきらめ起き上がった。

※ 押したタイムカードは7時半ちょうど。久しぶりの早出だった。ちらりと前村のカードが青色なのを確認する。あの日以来も彼女の早朝出勤は続いていた。さすがに以前のような6時半出勤ではなかったが。

それにしても・・・・ 昨夜は店の手伝いで、さぞかし疲れもあるだろうに。

「よおっ!」 彼女のうしろ姿をみると、ついつい驚かせたくなる。 だが、 「あらお早う、昨夜はどうも」前村は笑顔で振り返り 「夜更かしの割に早いんですね」明るくからかうような響きがあった。 「前村こそ。。で、前村さんにお願いがあって早出してきた」

「またあ。何ですのあらたまって”さん”付けなんて。。。」拭き掃除の手はそのままに。 「常務のことやねん」 「国光常務?」 「うん、国光常務のピアノレッスン。前村さんにも協力を仰ごうと思って。何も訊かずお願いや、頼む」

「は、はあ!?」 さすがに拭き掃除の手はピタっと止まり、僕を見つめ返した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「なるほど面白いかも知れんな」 意外にも川村課長が率先して賛成の声を上げた。 そういえば川村も、ジャンニ事務所の若いデザイナーが履いていた破れジーンズを目の当たりにしていた。予備知識と云う免疫が出来ていたのだろう。

「いや、かなり冒険や思う、まだ日本では早いんちゃうか」 横山が異議を唱えた。 (ま、普通そうくるわな) ミーティングルーム。毎朝行われる報告会に、僕は泉州アパレル原田社長から提案されたクラッシュジーンズの件を繊維ジャーナル木内社長の言葉を添え、報告していた。

「けど木内社長が云うように、ジャンニと違うブランドでの展開、僕は有りうる話や思う」 三田村は賛成した。 「例えばどんなブランドやねん、いっその事サンダーソンブランドて作ろか」

「あほ抜かせ」

「まぁまぁ、いずれにせよ直ぐに答えは出ないけど前向きに検討すべき案件や思う。海外での状況とか調査も始めたい。原田社長にはそう伝えてくれるか」 川村が締めくくった。

「はい、承知しました」 返事のあと、川村の肩越しに見える掛け時計に目が行った。

10時。。。 いつもならそろそろ起き始める頃・・・・ 報告会の途中から、頭の中は石坂美央のことが大きくもたげていた。

ミーティングの終了と同時にエレベーター前の公衆電話に走った。 船場商事ビルでは 当時、私用の為や、来客のため各階に設置してあった。 祈るような面持ちで硬貨を落とし込んだ。

果たして・・・今朝は・・・つながるか。。。 プルルル・・・ カチャリ。 「はい石坂でございます」 予想に反していきなりの声だった。だがそれは紛れも無く美佐江さんの声だった。 「あ、どうも船場商事、森野です」 「まぁ・・・森野さん・・・」 一瞬、沈黙があった。 「あのう、昨日私宛に電話があったとお聞きしましたので」 「えぇ、ごめんなさい。今も掛けようとしてた所でしたの。今夜のレッスン。美央のピアノはちょっと都合がつかず、その件で」

ある程度予想された答えだったが、やはり胸を突くものがあった。 受話器を握りしめ、思い切ってその理由を訊いた。

「あのぅ、美央さんに何か」

「・・・・あ、ご心配なく。少し風邪をこじらせただけですの。本当に。。。ご心配なくね」 冒頭の沈黙がやはり気になった。それにどこか木で鼻をくくったような言い方だ。

「家に居られるのでしょうか」

「・・・あ、えぇ。まぁ。まだベッドの中に。で森野さん、本当に心配など無用ですの。それと国光さまにも明日のコトを伝えていただくとありがたいのですが」

「。。。えぇ承知しました。伝えておきます。ではお大事に」 「どうぞよろしゅう。では御免ください」 少し慌てるような切り方だった。 それに所々での沈黙。単なる風邪ではないことを物語っていた。

その場で午後からの予定を思い浮かべた。 書類作成が二つほどと泉州アパレルの訪問1軒だ。 石坂家に立ち寄る時間はなんとかなるだろう。 原田社長に「少し遅れるかもです」電話をしなければ、そう思いポケットの十円硬貨を探し始めた。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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