小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの咲く頃に その52

BAR鳥越の店内は幸いにも先客は居なかった。 とりあえず、僕は前村と訪問した理由を述べた。 マスターは国光が抱える事情を幾分なりとも知っていたのだろう、

「はい、承知致しもした」 と快諾してくれた。 「それにしてもお嬢はんがピアノも習っていたとは。。。お時間の方、おあいでしょうか」 用件だけで帰ろうとする僕にカウンター席を勧めた。

前村は積もる話もあったのだろう、当然の様なそぶりで「えぇお願いします」と座った。

(時間が許せば、ワシもお邪魔する)国光の言葉を思い出した。 それに。。。どうせ今夜美央との面会は出来ない。

「えぇまあ。じゃあ少しだけ」と覚悟を決め隣に座った。 「ご遠慮なさらんと。今夜は、おい(僕)の奢い(おごり)ですから」 「あのぅ、マスターは鹿児島?」 昨夜は気付かなかった・・というか、ほとんど会話がなかった。 マスターの鹿児島訛りが気分を癒してくれる。 「えぇ、なかなか国の訛りが抜けきらんとです」 前村にはカクテルを、僕にはバーボンの水割りを作ってくれた。

その後しばらくは、僕の存在を忘れたかのように前村とマスター。 二人だけの会話が進んだ。


「あのぅ、いつからここでお店を」 「もうかれこれ10年・・・にんもんで(になります)」 「そんなぁ、じゃあ家の方にバッタリと来られなくなった頃じゃあないですか」 「えぇまあ、そうですかな」 「母はなにも教えてくれませんでした」 「近くに店を構えたんも、会長の命令。。。あ、いやおいの方の一方的な都合とです。貴女のお母さぁは関係んです(関係ないです)。それにお嬢はんに内緒にするつもりなど毛頭なかったけん、なんとのう実家の方に行く機会がなくなりもしただけ」

「あのぅ、祖父は?」 「祖父?」 「えぇ・・・私の祖父。。付き添いだったじゃないですか」

「・・・まだお聞きじゃならんですか」 「何を・・・・」 「船場商事入社は・・・・会長のあれじゃなかですか

「はぁ、会長?」 「えまさか何もご存じなかですか」

マスターの表情がこわばった。

「会長がどうかしまして?何のことですの」 「おい。。いや私の方からそげんこつは。。。」 「いったい何の事ですの」

なおも前村が食い下がろうとした時 「マスター、まいど」 客が入ってきた。 「あ、らっしゃい」 追求を逃れ、ホッとしたかの安堵感が現れた。

「すみません森野さん。ついつい私の方ばかり。。」 カクテルを一口飲み、前村が下を向いた。 「あ、いやいや、気にすんなって。しかしこんな奇遇てあるものやね」 思わぬ展開に正直驚いていた。 水割りのグラスをあおった。気を利かし薄目に作ってくれてはいる。だがノドの奥を少し焦がし、今日と云う一日は、つくづく人生という苦味を垣間見た気がした。 ピーナツを放り込み、マスターを見た。マスターは先ほど入ってきた客の相手をしながらグラスを磨き始めている。

「なあ前村、マスターとはいつからの知り合いなん?」 本当は気付いてはいたが初めて訊くフリをした。 前村は、一瞬躊躇しながらも、例の話を始めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「やっぱ国光常務、無理みたい」時計を見た。 (8時になって行かんかったら、今夜は無理と思ってくれ) 国光の言った時間はすでに回っている。

店内は3組ほど客が入り、にぎわいを見せ始めた。 「マスターじゃあそういう事で都合の良い日、ここ。。ていうかピアノをお借りします」

「えぇ、わかりもした。それよりお嬢はんに逢えて嬉しかです」またもマスターの目が涙で光った。 前村は祖父のことをなおも訊きたそうにしたが、他の客の前で問いつめる訳にもいかず、 「えぇ、叔父さ。。。いやマスター。私も・・・」 前村の瞳も光った。

※ 「じゃあ前村。ありがとうな、また明日」 「えぇ、おかげさまでまさかの再会がありました」 「今からどうする。お袋さんとこ寄るん?」 “割烹まえむら”の提灯に目をやった。 (しかしこんなにも目と鼻の先。。。) あ、と気付いた。 (会長の命令。。。マスターが一瞬言葉にしかけたが、伊村会長の強い意向なんだろう。何かあれば直ぐにでも駆けつけてくれ。とかの)

「えぇ母に色々訊いてきます」 「。。。でもあのコトはまだ訊かないほうが。。。」 つい口に出してしまった。

「え?森野さん、何のコトか知ってるんですの」 「あ、ちゃうちゃう、なんとなく事情が複雑そうかなーて」 「子供のとき、『大人の事情やから』たったひと言で話をはぐらかされてしまったの。でも私も子供じゃない。今夜こそ母に喋ってもらいます」 きっぱりと前村は云った。 真実をしったならどう反応を見せるのか不安でもあった。 が、早かれ遅かれいずれは知らねばならない事実。。。 それに彼女の場合 (私、森野さんより百倍は打たれ強い、うん)とつぶやいた“案山子”での席を思い出した。 彼女ならそうかも知れないなぁ。 そう思い 「そんなに云うなら。。。でもお袋さんをあまり問いつめるんなよ、じゃまた明日」

「うんありがとう。じゃ明日。あ、夜更かししないで真っ直ぐ帰るように」 前村は笑顔で手を振った。 「あぁ」

晩秋の風に思わず襟を立て、歩き始めた。 何人かの酔客とすれ違い、飲み屋街のネオンは燦燦と光を放っている。 道頓堀川が流れる橋の上に来た。 都会の悲しみを沁みこませ、哀しく流れる川。。。それでも夜の水面は赤や青のネオンの煌きに美しく彩られ哀しい表情を見せていた。 ぱらぱらと通行人は居たがある者は急ぎ足で、ある者は千鳥足でと通り過ぎて行く。

川を眺めながら、ようやく独りになれた気がした。

(泣くなら今のうち・・・) 美佐江さんの続きをなぞり始めた。

・・・・・・・・・最初の内、単なる拒食症と思いこんでいたの、私もあの子も。で、検査が遅れてしまったのね。今思っても後悔の言葉しかないわ」

「胃。そのものに異常があったんでしょうか」

「えぇ・・・腫瘍が、検査の結果。。。悪性だったの」

「えー!そんなぁ、でも治療すれば治るんでしょ、美央さんまだ若いし、ついこの前まで元気じゃなかったですか」

「森野さん。。。」 云ったきり美佐江さんは うッと両手で顔を覆ってしまった。

「だ、大丈夫ですか。きっと元気になりますて」 しばらく肩を振るわせ、俯いたままにいたが、

「そうね。。。ごめんなさいね」とようやく顔を上げた。 面会時間は午後3時からと決まりがあった所為か、2時すぎの談話室はガランとし、僕と美佐江さんだけの声が哀しく響いた。

壁には4月スタートのカレンダーが掛けられてあった。 6月から何度も数えなおしたが、やはり半年にも満たない月日。 美央との日々は何年も経った気がしてならない。

長椅子に置かれた手提げ袋から買ったばかりのパジャマが覗いていた。 「やはり女の子ですね、ピンク色」 「え?」と美佐江さんは僕の顔を見た。 「あ、いやパジャマ。。。」 「えぇ、あの子きっと怒る。青とか、紫が好きなの、でも女物には案外無くて。。。」美佐江さんはようやく笑顔をみせた。

「そう言えばいつも白とか青ばかりでしたね」

「。。。。ごめんなさいね。すっかり取り乱してしまって。森野さんの云うとおり。きっと良くなりますわよね」

えぇ、絶対」 だが僕の声はまたもや談話室の壁に寂しく吸い込まれていった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(絶対 治るって) 美央。。。そして国光常務の奥さんの顔までもが水面に大きく浮かんでゆらゆらと漂った。 涙のしずくは、最初 一筋、ふた筋と流れただけにすぎない。

だが、背後に誰も居ないのを確かめた時 僕は思い切り声をあげ、しばらく泣きつづけた。

最終回につづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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