小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その8

「その代わりっちゃあ何ですけんど、医学部と話をつけさせてくれませんか?」 「えぇ、そりゃあ私としてもできるだけの協力は」 最初は強硬に反対していた栗原だったが思いもよらぬ依頼ごとから話が展開しだした。 何より河本がその気になってくれたのが大きい。 いよいよ、陸上男子100メートル日本人初、夢の9秒台への扉が開いた気がした。

だが・・・ 田嶋総業本社、高城社長それに前白浜社長の坂本常務の承認が要る。うかつだったが、あくまでも親会社は田嶋総業なのだった。

果たして”OK”と云ってもらえるかどうか。 急に不安がよぎった。企業が存在する意義はあくまでも日々の会社業務だ。 地方倉庫とは云え、トップとして一切を取り仕切る河本に、一年ちかくの留守を簡単に許可するわけがない。。。それも陸上100メートル走の為に。

「河本社長、来週でもアポを取りお願いして参ります」 力なく云うや、 「いや寺島さん、わざわざ行かんでも今日中に話をつけます。案件を持ち越すのは嫌いですけん」 河本は私の目を覗き込んだ。不安がよぎったのを察知したのかも知れない。


「え、電話だけで?」 「テレビ会議ですわ。高城の都合にもよりますがおそらく大丈夫かと。けどその前に従業員たちの承認を得ておきたい、それもつきあってもらえますか」

「えぇ、もちろん。なるほどテレビ会議とは。。。しかしまぁ進んでますね。河本社長の発案で?」 「いや、麗花ですわ彼女の意見で先月から。本社の決済を得るのに、リアルタイムで即決できると。で、いつしか案件があろうとなかろうと、毎週末は会議ですわ。今朝もけっこう絞られました」 「しかし、便利そうですね」 単なる地方の営業倉庫。そういう思いを心のどこかに持っていたが、決して”あなどってはならない”。。。そういう思いがよぎる。

「確かに便利な時代になりましたわ。地方に居ても本社と同時に話が進むけん。けど、すぐ間近で監視されているようで複雑な気分ですわ」 栗原が云うと 河本が 「あ、それ言える」と笑った。

田嶋総業本社とのテレビ会議や、就業後に行う従業員との説明会まで時間があるので見学でもどうですか? と河本が訊いてきた。 「医学部に話をつけてもらう都合もあるけん。是非見学してって下さい」 栗原も三浦教授に云った。 「えぇ、もちろん」と教授が応え、ふたり防寒ジャンバーを渡された。

「まずは事務所、三年前とイメージ違うでしょう」 「えぇ」と答えながらパソコンのモニターに向かったままの社員に目が行った。 先ほどからずーと続けたままなのだろうか。 「病院や大学関係者とのやり取りですわ」 河本が彼の方を指した。 「ほーう、いわゆるITとやら?」 「えぇ彼、和歌山大学理工学部出たのは良いけど遊園地への派遣でくすぶって居たんです。ひょんなコトで知り合いになって。彼がシステムを構築してくれたんです。病院や大学からの薬品やワクチンとか。入出庫の要請とかここで一元管理。現場担当者に即、指令を出すのです」

「なるほど、でも和歌山近辺ならまだしも、大阪など関西エリアの場合、配送対応が困難では?おまけに365日24時間対応だなんて」 教授が訊いたが私とて同感だ。 たしか特急列車で大阪から約2時間半の距離だった。

だが、 「そこですわ。ウチの売り」 河本は笑みを浮かべた。 「バイクです。365日、24時間夜通し走り続けても全然苦にならない。むしろそれに生き甲斐を感じる。そんな子があふれるほど居てるんですわ。もっとも交代勤務させてますけど」 「なるほど、バイク便の発想。。けど、大阪だと緊急手術や治療とかの対応など、いくらバイクといえ間に合わないのでは」

「寺島さん、そこがネックでした。でもある日、バイク乗りの若い子が云ったんです。近所に白浜空港があるじゃないですか。と、空港までバイクで3分。そこからヘリでも飛ばせば。。。」

「なるほど。ヘリ。。。まさか自前で?」 「いや、今はまだ県の医療ヘリシステムに依頼しているんです。ですが今年じゅう、遅くとも来年の春に自前で持つ計画をしていたのです。日本のヘリは中古でも性能は抜群で。それにパイロットだって現役を退いた優秀な方たちも大勢居られます。ただ役所関係への申請に手間取ってしまい。それと今回の話で。。。」

一瞬だが河本の表情が曇った。 「うーむ。。。」 思わず私は教授の目をみた。 我々は、たかが100メートル走の為に、企業活動の妨害を行おうとしているのでは。と

「彼、来月麗花さんと式を挙げるんですわ」 と云って「ムロイおめでとう、良かったな」と声を張り上げた。 ムロイと呼ばれた彼は、真っ赤になりながら「お客さんの前で、冷やかさんで下さいよ」と照れた。 麗花さんは?と振り返れば、電話の真っ最中だった。

その後、防寒ジャンバーを着込み、冷蔵冷凍庫エリアの見学をさせてもらった。基本的には3年前と変わってはいないが、IT管理の導入そして電力費の節減の為、地熱発電に取り組んでいると言う。

「寺島さん、最初白浜への異動を命じられた時、風光明媚な環境だけど、なんとまあ不便な。それが正直な気持ちやったです」 「でしょうね」 「ところが、よくよく見渡せば、海に面しているおかげで、船舶輸送にも当然便利。ここは関東圏と九州圏の丁度ど真ん中の位置です。それと温泉」 「温泉で英気も養うと?」 「あ、それもたしかに。けど地熱ですわ。温泉熱を利用して発電も可能の見込みが。おかげで大学や病院関係の保管料は 嘘みたいな低料金でも黒字の見通しです」 「嘘みたいな保管料て?」 「相場の十分の一以下です」 「え、業界からクレーム来ませんか」 「あくまでも医療関係の研究、治療などへの奉仕協力の名目です。最初は赤字覚悟で栗原が発案し、坂本の賛成のもとスタートさせたんですけど」 「あ、大学関係者の見学が多いのはそのあたりが理由なんですね」 「はぃ、そうですわ」河本は目を輝かせた。

※ 就業後、主だった従業員を会議室に集め、河本社長みずからによる説明会が開かれた。 (ずるずると引っ張るのは性にあわへん、何事も即日主義ですねん) だが私と三浦教授。射るような視線の従業員たちを前に、まるで針のむしろに座わらせられたような気分を味わっていた。

「・・・・・・・・と云うことで俺としては可能性に挑戦したい。皆すまない、この通りや 」 長身の河本の頭が床に届くかと思われるほどのお辞儀だった。 「えー、いつまでですの」 「来年の8月や」 「なんとまあ」「そんな無茶な」「社長を頼って入社したばかりですけん」「ヘリシステムや、地熱発電はどうなりますの」「8月て、まだまだ先や」 従業員たちは口々に発言し、会議室は騒然となった。 だが逆に言えば、河本の留守を従業員たちは嘆き悲しんでいるといえ、さらに云えば家族的な“和”を持った会社とも云える。

「皆、一斉にしゃべったらわからんけん」 栗原が一喝すると静かになった。 「あのー。栗原さんは承認されたんですか」 茶髪の青年が立ち上がった。背はどちらかと言えば小柄だが、腕だけは異常に太い。筋肉の盛り上がりは半端ない。河本より一回り太いかも知れない。 「あぁ、最終的にはな。けどシュウジ、もちろんワシも大反対やった」 「賛成の理由は何ですら」 「河本の目や、決意の。誰にも止められない、そう覚悟した」 「学校じゃあるまいし、ここ会社ですら」 「そうそう」 「第一、日本記録の更新なんて出来る訳ない」 「同感」

次々に事業を改革してゆく手腕を目の当たりにして、二十歳過ぎの河本が社長に選ばれた凄さというか、理由も解ってきた。 従業員たちの嘆きの声は 嫌というほど解る。 この調子じゃ、本社とのテレビ会議は一体いつになるのやら。 少しため息を吐きながら腕時計を確認した時だった。

「あのーぅよろしいですか。皆さん」 と 麗花が立ち上がった。

つづく ※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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