小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その12

「鈴木、全員集合や」 監督の声にマネージャーの鈴木がホイッスルを吹き、部員たちを召集させた。

監督の山根は部員たちを前に 「寺島さんに三好さん、そして河本君、どうぞ前へ」と云った。 思いもよらない呼びかけに、あわてて三好と一歩前に出、監督に並んだ。 一斉に集中した部員たちからの視線が眩しい。 「今日は久しぶりに三浦顧問も参加され、こちらジャーナリストの寺島さん、さらに東京からは出版社の三好さんもお見えになってられる」 と紹介された。 「初めまして寺島です」と頭を下げた。

「なぜ出版関係の方たちがわざわざウチにお見えになられたか。理由はもう解ってると思う。すでに君たちに話しているように、本日から河本浩二君、正式に我が陸上部に迎え、男子100メートル。日本記録の更新という目標のため、記念すべき初日でもある。記録に挑戦するのは勿論河本君だが、それには君たち部員の協力が不可欠なのは云うまでもない。先月(なぜ部外者の彼を特別優遇するのですか)そういう不満の声も確かにあった。そう思うのも当然だろう。私が君らの立場に居たなら同じことを云ったはずだ。しかし今日、河本君のたぐいまれなる体格を目の当たりにし、さらに運動能力の驚異的な数値。河本君が持つそれらは三浦顧問が唱える陸上世界記録のための条件にピッタリ当てはまるコトを認識し、私や顧問が彼を特別待遇する訳を解ってくれたと思う」

(え、そうだったのか・・・)


不安を覚え、部員たちの表情を観察した。 だが どの顔も、(ま、彼なら仕方ないか)そう納得したようでもあった。

「君たち、もう一度云っておく。今回のプロジェクト。成功の暁には、河本君個人だけへの賞賛では終わらない。10秒ゼロゼロのままだった日本記録の更新、すなわち夢の9秒台突入が彼によって実現するならば、それは我が北摂大陸上部への栄誉。さらに、わが日本における陸上競技界。そのレベルの高さを世界に知らしめることになる。云うなれば日本全体への賞賛と栄誉に結びつく。そして、このことは河本君ひとりの力だけでは成し遂げ得ないコトをくれぐれも忘れないで欲しい。ともに汗を流し、練習する君たち仲間が居てこそ手にする勲章。同じこのグランドでともに走り、汗をかき涙を流したこと。将来おおいに自慢して欲しい。本日から始まる全てのこと。今後の君らの人生をも左右する大イベントになることを約束する。ついでに。。。」

そこで監督は言葉に詰まった。 え?と見ると山根は目頭を押さえ、下を向いたままだった。 ようやく言葉が続いた。 「ついでに云わせてもらうなら・・・河本君や君らと同じ土を踏みしめ、時間を共有し、指導する立場に居るこの私。おそらく日本一の果報者だ。。。」

自分で自分の言葉に酔いしれ、感きわまったのだろう。絶句した山根は目頭を押さえながら最初、空を見上げた。だが、したたり落ちる涙を隠そうともせず、部員達を見渡した。

「監督っ」シノヅカと呼ばれた部員が最初に声を上げた。 そして他の部員たちも 「監督!」「山根監督っ」次々に合唱するように続いた。

三浦教授が最初の拍手をうち鳴らした。それを合図に、やがてこの広いグランド一杯に響きわたるような拍手がわき起こった。 まさか昔みた学園ドラマのワンシーンを平成の今、目の当たりにするとは。。 迂闊にも私まで涙をこぼしてしまったが、部員たちや監督に向かって精一杯の拍手を送った。 三好菜緒子も先ほどから鼻水をズーズー云わせていたが、 「うん最高、最高」と叫びながら拍手を送っている。

やがて「監督、顧問。そしてみなさん」 河本が一歩前に出た。 「今、確信しました。監督やみなさんの思い、決して無駄にはしません。絶対に記録を出してみせますっ」 絶叫にちかい言葉だった。 怒濤のような歓声と拍手がいつまでも続いた。

「監督、ビデオの準備も出来ました」 マネージャーの鈴木が駆け寄ってきた。

ふと見ると、いつの間にかトラックの直線部分、センターあたりに大き目の三脚とカメラを備え付けられてあった。三浦教授がファインダーを覗き込み、カメラ係りの子にあれこれ指図している。

「いよいよ100の計測ですか」 三好が監督に訊いた。 「いや、最初は50ですわ」短く応えるとスタート地点に移動して行った。

河本独りで走るのかと眺めていると、3人ほどに声をかけスタート地点に並ばせていた。 一緒に走るシノヅカが河本に手や足の位置などスタート姿勢を教えていた。 「いよいよですね」 横の三好菜緒子がつぶやいた。 「あぁ」見ている私の方が緊張感が高まった。

「よーい、ハィッ」部員の掛け声で一斉にスタートした。 が、 「あーぁ」三好がため息をもらした。 河本は完全に出遅れ、すでに5メートル近く引き離されている。

三浦教授と白浜まで会いに行った日、彼の言葉が蘇る。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「記録どころか中学の陸上部にも負けると思う」 「最初はね」あっさりと教授が言った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ あちゃー記録どころか やはりの惨敗かッ。 目を覆いたくなって下を向いた。

「え、凄ッ 凄すぎる」 三好が叫んだ。 え、と顔を上げると 河本はスタートでまごついたものの、グングン加速するや、みるみる差を詰めていた。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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