小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その22

なんとなく、バスタブに浸かってる時から予感がしていた。昔からそうだった。 待ちかまえている時に限ってなかなか来ず、そうじゃない時、ふいに現れたりする。案の定風呂から上がると、携帯電話の小窓から着信を知らせるフラッシュが点滅していた。 しまった風呂など寝る前でもよかったかと舌打ちしながらガスストーブを点火。その前に陣取り、ジャージの上から半纏(はんてん)を被った。左手にドライヤーを持ちスイッチオン、髪を乾かせながら右手で携帯のフリップを開けた。。

やはり着信は鈴木圭子からのものだ。だが一瞬え!と驚いた。何度もかけたのか、鈴木の名前が画面一杯に広がっている。一回目の発信はバスルームへと立ち上がって直ぐの時刻。そのあと、おおよそ1分ごとに10回以上の履歴があった。

なにかあったに違いない。半乾きのままだがドライヤーを停止させ、携帯のボタンを押した。


すぐさまの反応だった。 だが「どうも鈴木です。今年もお願いします」 ん? 声に緊迫感はなかった。

「あ、どうもこちらこそ。風呂に入ってました」 そう云うや、なぜか電話の向こうでホッとするような空気が流れた。 「あぁそうでしたの。私のほうこそ、先ほど寮に戻ったところなんです」 思わず掛け時計を見上げる。まもなく11時になるところだ。 「こんなに遅くまで・・・」 もしやなにかあった?と訊くかわりに 「彼氏と一緒だったとか?」 「まさかそんなぁ。。。。ミーティングが長引いてしまって」 「あぁなんだミーティング。」 と一瞬安心したものの「ミーティングて陸上部の?」 「えぇ」 「部のスタートは来週からでは?」 そうじゃなかったっけ?とテーブルに近寄った。先ほどの日程表を広げる。 「えぇ、毎年恒例で新年、新学期が始まる前の指導者ミーティングに急きょ私まで呼ばれてしまって」 「ほう、信頼されている証拠じゃないですか」 「いえ、そんな大層なものじゃないんです。。。でそこで。。。」

(ん!) 再び言葉が途切れた。やはり声もどことなく沈みがちだ。 「で。。。そこでなにかあった?」 一瞬の沈黙のあと 「えぇ、じつは監督と顧問が。。。大喧嘩寸前まで揉めてしまって」 「え、あのふたりが?」 温厚そうな山根と、ムツゴロウ教授の顔が浮かんだ。だが、なんだそんなコトかと、胸を撫で下ろす。だが彼女にすればショックだったろう。しかしまあ、新年早々何をやってるのやら。

「それで、寺島さん・・・」 「あ、はい」 「急なあれ。。。お願いなんです」 「何でしょう」 「明日、寺島さんにも入って頂きたいのですが無理でしょうか?」 「あ、はい多分大丈夫だと」カレンダーを振り返る。 ち、去年のまま。。。

しかたなく陸上部の日程表を見た。幸いにもカレンダーとしての機能がある。 「えーと明日は11日の金曜で」 来週号掲載の”任侠探偵”の締め切り日だが、年末に書き終えていた。あとは漢字のチェックと推敲を残すのみで、編集者のアドレスに添付送信するだけでコトは足りる。 「はい大丈夫です。お伺いします。で、もしや二人の仲裁?」 「ありがとうございます。仲裁というか、時間切れで終わってしまったミーティングの続きなんです。私から監督に寺島さんの参考意見も聞くべきと進言し、顧問も納得。それじゃあって云う展開になってしまったんです。ごめんなさい一方的に」

「そうでしたか、いや謝ることなど無いです」 「すみませんありがとうございます」 ようやく彼女にも安堵感が生まれたのか、電話の向こうでふっとため息が聞こえ 「クスっ」と小さい笑い声がした。 「どうかしました?」 「あ、いえ。明日の件で電話を入れる時、まだ島根かも。そう思いながら携帯のフリップを開けたとき、メールに気づきました。受信の時間はなんと、わずか2、3分前。じゃあと早速かけてみたのですが全然応答なし。しばらくして何度かかけてみたんですが、とうとう反応なしで一体何事かと心配してました」

「え、それはそれは」 なんとまあ、彼女の方も私のコトを心配してくれて居たのだった。 それにしても・・・(彼女から頼りにされている)という気持ちが伝わり、嬉しさがこみ上げるものがあった。 彼女の声の余韻が手のひらに残っている気がし、フリップを閉じた携帯をいつまでも眺めた。

あ、彼女になにか尋ねるコトがあったのでは?と思い出そうとしたが、すっかり忘れてしまっていた。ま、いいかと髪に手をやった。ガスストーブのおかげか、すっかり乾いていた。

北摂総合大学の新学期スタートは来週からで、学生らの姿はまばらだった。 河本浩二もまだ白浜な筈で、大阪は日曜の午後の予定と、奥様からの年賀状にあった。

「おや寺島さん、新年早々ご苦労様です」 「どうも今年もお願いします」 すっかり顔なじみになったクラブセンター受付の職員が声を掛けてきた。玄関わきの鉢植えに水をやっていて冬休み中の、のんびりムードが漂っている。 今やフリーパスでも中に入れるほどだったが、律儀にも毎回入館手続きを取った。 なんと云っても部外者なのだこの私は。 受付のノートに訪問先、訪問目的、住所氏名などを書き込むのだが、(はてさて今回の目的、“指導者会議”への参加)でよかったものか悩んでしまい、そこでペンが停まった。 「どうかされましたか」職員が声をかけた。 「あ、いや」 ま、実際その通りなので、そのまま“指導者会議”とペンを走らせた。

部室横にある会議室。すでに激論を始めているのか廊下まで声が聞こえた。 思わず時計を確認するが指定された時間には10分ほどの余裕がある。 「あ、寺島さん申し訳ないです」鈴木圭子が立ち上がり出迎えた。 「昨夜はどうも」と目を合わせお辞儀した。彼女は恥ずかしいのか目を伏せ頬を赤らめた。 山根監督、三浦顧問、そして篠塚主将も立ち上がり出迎えてくれた。

「正月早々申し訳ないです」山根監督が頭を下げる。 「あ、いや全然。この私でよければお安い御用で」 「じゃあ、寺島さんも来られましたことですから。。。」 ムツゴロウ教授が口を開いた。

会議室の隅っこ。ガスストーブがシュウシュウと鳴っていた。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名 、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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