小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二4 NINE.sec その23

「じゃあ、寺島さんも来られましたことですから。。。」 ムツゴロウ教授が口を開き、山根監督が 「寺島さん、お忙しいところ誠に申し訳ない、ざっとこう云う事情なんです」と ふたりがなぜ平行線をたどったのか、かいつまんで説明を始めてくれた。

・・・・・・・・・・・ それはやはり河本浩二に関してのことだった。当初からの予定通り、百メートルなどの短距離走に絞るべき、あるいは走り幅跳びや中長距離走にまで挑戦を広げさせるかの。 三浦教授の場合、彼はどの競技に参加させても日本記録の更新の可能性を秘めており、百だけでは勿体なさすぎる。との説を頑として譲らず、山根の方は百や、二百の短距離に集中させるべきとの意見。

そういえば去年10月、河本の陸上部初日に行われた運動テストの結果に関し、三浦教授は跳躍関係さらに長距離走もと言及し、すぐさま山根監督は(いやそれには異論が)と反論したことがあった。 あのとき新春社編集部の三好菜緒子が到着し、会話は途切れた。 その後すっかり忘れていたが、どうやらふたりの間にはその後も議論がくすぶって居たようだった。 指導者ミーティングと言うより、ふたりの激論が再び始まった。


「もちろん彼のずば抜けた運動能力は私も認めます」 「ほらあ、監督もそう思われるでしょう」 「いや教授、ですがあくまで潜在的な能力・・というか可能性を認めるのであって、即、各競技に対応できるかは別問題なんです。今さら競技の幅を広げるなんてどだい無理な話なんです。第一モスクワまで時間が足りません」 「またそれですか、年が明けたばかりじゃないですか」 と言いながら三浦教授は壁のカレンダーを指さした。私の仕事部屋と違いさすがに新しいカレンダーに付け変えられてある。 「ですから教授、本大会は8月でも選考の競技会は早いところで4月から始まります。つまり、それに向け3月。。いやいや2月。要するに来月にはチーム内での戦いが始まる時期なんです。チームとしての代表は誰かの。そのあたりの日程、顧問もご存じなハズでしょう。何度も云うように時間は足らないんです。百メートルさえ。。。」

ん!? 百メートルさえ。で言葉が途切れた。 河本に決定した訳ではないということ?。。。 三浦顧問は山根の言葉に少し憮然とした顔で横を向いていたが 「じゃあ監督、せめて走り幅跳びだけでも・・・あのカールルイ。。。」 「まさか簡単にクリアできると思ってられるのですか。確かに彼の跳躍力、非凡なものを持ってます。ですが教授、実際に一度でも跳んでみたコトございますか」 山根はあきれ顔で言葉をさえぎった。 「そりゃあまあ、私らの時代。。。」三浦は口ごもってしまった。 「走って出きるだけ遠くへ跳ぶ。じつにシンプルで簡単そうな競技に見えるのでしょう。ですがシンプルな競技ほど奥が深いものなんです。外野からでは決して見えないモノがあるのです。たとえば踏切板めがけ全速で走る。そしてわずか20センチの踏切板を1ミリでもハミ出すコト無く踏み切って跳躍。これがどんなに大変なことか。おそらく実際跳んだことの無いあなたじゃ理解できないでしょうけど」 後日訊くところによれば、山根は学生時代走り幅跳びの名選手だった。

「寺島さん」三浦教授は救いを求めるかのように突然私の名を呼んだ。 「あはい」 「どう思われます。今までの私らの議論をお聞きになられ」 その表情には、(私に援護の発言を)と期するものがあきらかに見て取れた。 「と、云われても・・・」 真正面の鈴木圭子と目が合った。ふと彼女の横を見れば篠塚主将が何か言いたげな表情で私を見ている。 「えぇまぁ私には私なりの感想というか意見はあります。ですけどこの場では、河本君と普段から身近に接してる篠塚キャプテンの方が参考になるかと。彼に先に訊くべきじゃないですか」と答えた。 すると、すかさず山根が 「あ、私もそう思う。篠塚君、私に気遣わず自分の思うこと、正直に言ってごらん」と促した。 篠塚は 「え、この僕が。。。」と急に振られ、一瞬困ったような顔になったが 「はい、では。。。僕は、百あるいは二百の短距離だけに絞るべきと思います。なぜならこのまま行けば4×100リレーにも選ばれる可能性が高いです。リレーの場合、バトンの受け渡しのタイミングとか、直線だけじゃなくコーナーを曲がる姿勢などなど、一見簡単そうでも非常に難しいモノがあるのです。そっち方面の練習もそろそろスタートさせる時期に来ているのです。本格的な陸上経験のない彼にとっては、短距離ひとつ取ってもクリアせねばならない課題が山積で。。。実はスタートもまだ課題を残したままで。。。今まで弱音や愚痴などひと言も僕らにコボしていませんけど、案外相当な負担を彼、河本さんは背負ってるはずです」

「え、あのスタート問題。まだクリアしてなかったのですか」 三浦教授は山根を振り向いた。 「えぇまぁ。でもそれは最初から予想されていたコトです。ゼロコンマゼロゼロ秒を競う世界。素人が簡単にクリア出きるものじゃないと云うコトです」 「うーむ」 三浦教授は腕を組んだまま黙り込んでしまった。 山根の言葉にも説得力があったが、なんと云っても常に身近な立場で接してる篠塚君の具体的な指摘に尚、説得力があった。篠塚主将の専門は短距離。コトによれば北摂大からの代表は河本に奪われてしまう。そういう立場にありながら短距離を薦め、なおかつ河本を気遣う言葉。篠塚主将の人柄を垣間見た思いだった。

「教授、これでご理解いただけたでしょうか」山根の問いかけに返事が無かった。 三浦教授は目を閉じていた。教授なりにあれこれ思案の真っ最中なのだろう。 さらに山根は 「選手にとって、あれもこれもの期待は我々の大きな勘違いなのです。この私の場合。。。鈴木圭子君には可哀想なコトをしました」

突然鈴木の名前を出した。 すると鈴木は 「あ監督。あれは私の方から言い出したことなんです。監督さんには責任ないことですから」必死で監督をかばう気遣いをみせた。 「いや貴女には辛い目に会わせてしまいました。最終的にはすべて私の責任です」と頭を下げた。 ん?一体何があったのか気になる展開だったが、 「ここはひとつ・・・」 思わず私は口を開いた。 「三浦教授。ここはひとつ私に連絡をくださった当初の目的を思い出しましょうよ、(日本人初。百メートル夢の9秒台)という永年の夢を。年末には加速走ながら9秒台を出したと云うじゃないですか。夢のゴールはすぐ近くじゃないですか。夢が実現それは教授 の理論が正しかったと証明される日でもあるのです。夢は百メートルだけで十分じゃないですか」

ようやく三浦教授は目を開き、組んだ腕を解いた。 「山根さんすまなかった。申し訳ない。ついつい欲を出してしまい大人のエゴをさらけ出すところでした。それに寺島さん、危うく当初の夢を忘れるところでした」と頭を下げた。

「あ、わかっていただけましたでしょうかありがとうございます。三浦教授頭をあげて下さい。私もついつい言い過ぎてしまいました。ご無礼な言葉の数々お許し下さい」 「教授、夢の実現に向けあの日と同じように。。。」 私と山根監督の三人・・・いや篠塚主将に鈴木圭子を加えた五人、あの日と同じように固い握手を交わしたのだった。

つづく

※ 言うまでもありませんが、 当記事は フィクションです 万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

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