小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 8

前回までのあらすじ

1981年(昭和56年)3月、恋人との哀しい別れを経験した森野彰。すさんだ日々を送っていた。そんなある日、泉州アパレルの原田社長からの誘いで楽しいひとときを。だが、深酒の結果、ヤクザに売らなくても良い喧嘩を。。。。案の定、ズタボロに叩きのめされ、気が付けば深夜の街なかに。立ち上がるのもやっとだったが運良く、パッカー車ドライバーの篠原芳美(42歳)に助けられ。。。2、3日のあいだのつもりで、一人暮らしの彼女の部屋に。そして彼女との別れの朝(夜中)に、またしても聴こえた悲鳴のような呻き声。。。なんとそれは----------。
お互いに何かを言いたくて言い出せない。しばらく無言のまま、見つめあった。
部屋を通り抜ける風が彼女の前髪を乱した。
彼女は、さりげなく右手をふりほどき、ごく自然に額の髪をかきあげた。妙な緊張が張りつめ、互いに無言だったが、それをきっかけに言葉を発するきっかけが出た。
ちらりとベッドの方へ顔を振ると僕は云った。
「なぁて」
「あかん」
「なんでや」言葉のわりに、緊張で声が震えたのが情けない。
「もう。。。あれや」
「あれて何な」
「だって。。。。」そこで彼女はうつむき黙り込んでしまった。
先ほどの髪をかきあげる仕草とか、無言でうつむく表情に、少女の愛(いとお)しさを感じた。
つい乱暴に腕をつかみ、背中を抱き寄せた。
彼女の熱い息遣いが伝わった。彼女の震えが胸に伝わり、髪の匂いがふんわり漂った。
髪をそっと撫でてやりながら「だから何な」と云った。
すると、彼女は潤んだ眼で僕を見上げ「もう。。。オバサンや」
哀しげに云ったあと顔をそむけた。いつもは隠れている白いうなじが見えた。後れ毛が少しあったものの透明感があり、これまたぞくっとするほど美しい。
僕の下腹部は膨らみかけ、少し濡れ始めた。
恋愛に歳など関係ない。それはきっぱりと言えた。
「そんなの関係ないやん」抱きしめ、髪に口づけした。あッ と彼女は僕を見上げた。
今日の眉も魅力的だった。「眉。。。。」と云うと
「あ、変や無い?」
「なんで?」
「久しぶりやから、少し抜きすぎ、失敗してもうた」
すっかり少女の声で訊いてきた。
そっと眉を撫でながら「これて、剃らずに抜くものですか。道理で。。。綺麗」

いつもの運搬船のエンジン音はなぜか聞こえず、ベランダで野鳥のさえずる声がした。
不思議な静けさが支配していた。
「きっと後悔する」
「なんでな、後悔するわけないやん」
「無理してる」
「してへん」
「嘘や」
「ちゃう」
「それに。。。。」
「こんどは何な」
「もう帰るヒトや、あっさり忘れてしまう。ウチのことなんか」
あっと一瞬なにかが刺さった気がした。
だが「もう帰らへん」
彼女はまじまじと僕の眼を覗きこんだ。
「なに云うてるの」
そしてうつむき「ぜったい後悔する」と云った。
「後悔するわけないやん」
「あほ」
「あほちゃう」云いながら彼女のアゴをくいっと持ち上げようとした。
彼女はあらがい続けながらも、すっと力を弱めたのだった。
あぁ。。とつぶやく彼女の熱い吐息が顔にかかった。
たったもうそれだけのことで、下腹部の膨らみは頂点に達した。  


                       ※

「あ、水やるの忘れてる」何かを思い出したように、身繕いをしながらベッドから起き上がると彼女が云った。
「水て何の?」
「鉢植え」ジャージを履きながら応えた。なんだベランダの鉢植えか。。。パンジーとか、少し変わった形の白い花だとか篠原さんのベランダは花壇のようでもあった。
ふとベランダからいつも眺めていたあの渡し船に乗ってみたいと思った。
「船賃いくらするのですか」
「え、船賃てどこの」
「下の渡し船
すると、あははとひとしきり笑ったあと
「一回につき五百円。。。あいや千円やったかな」
「え、そんなにするものですか」
すると、満面な笑顔で振り向くと「嘘、タダに決まってるやん・・・・」と云った。
「あーもうッ許さへん」とトランクスのまま彼女を追いかけるふりをした。
すると篠原さんは「ひゃあーーー許して」とすっかり子供の声で逃げまわった。
ふたりの笑い声が部屋に響き、彼女と僕との新しい暮らしが始まろうとしていた。

                        つづく
※ 言うまでもありませんが、当記事は フィクションです万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。(-_-;)