小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 12

(てぃーだぶっく)の看板に、まさか本屋?とガラリと横びらきの戸を開けた瞬間、なんだ食堂。そして、あ、沖縄だと思った。
きょろきょろ見回す僕に
「ほら、前に云った通りやろ」と篠原さんがわき腹をつついた。
「えぇココもそうですが、さっきの商店街全体が沖縄ちゅう雰囲気でしたね」

よっこらしょ。とでっぷり肥えた女将さんが水の入ったクーラーポットを持ってきた。
「なげーさ」と篠原さんに云うと
篠原さんも「うん、なげーさ」とうなずき
「日替わり定食て、まだある?」と訊いた。
女将さんは
「もちろん、あるーさ」
「じゃあ二つお願いね」
「よんなー」女将はよっこらしょと云いながら、ゆっくりとした足取りで調理場に戻っていった。


ここでは、何もかもがゆったりと流れ、まるで時が止まったの如くだった。
「なげーさって、何が長いんですの」と訊くと、
篠原さんは、「あ、ほんまや」と笑い、「久しぶり、って意味なんよ。なるほど、そうか経った日が長かったから”なげーさ”だったのかも」
「店の名前も本屋みたいですね、”てぃーだぶっく”て」
「それそれ」
それもとっておきの話が。という顔で
「さいしょ、おなじコト思ってん、けど”日なたぼっこ”て意味やねん」
「へーえ、ひなたぼっこ。。。」
なるほど。と感心しながら店内を見回した。
昼まえの時間帯なのか、他に一組の客が居るだけだった。南国っぽいインテリア。BGMに琉球の民謡がうるさくない程度に流れていた。燦々とした陽が差し込むわけではなかったが、まさに、ひなたぼっこ。そういう雰囲気の店だと思った。
何もかもスケールの大きそうな先ほどの女将とお喋りするだけで、浮世の悩みなど、吹っ飛ばしてくれるに違いない。

「沖縄からの移住者が多いねん。ここらへん」
無邪気な笑顔で説明する篠原さんの表情に、先ほど感じた彼女の寂しさは、単なる思い過ごしだったか。
いやきっとそうに違いない。うん、そう思うことにしよう。

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バスルームに向かう篠原さんの背中には、どこか寂しさが漂っていた。
あのとき「ふーん」と返事した表情は、慌てて新聞を隠そうとした僕に対して、何かを察したかのようで、
身勝手な”男”に対し、あきらめにも似た感情が、あの(ふーん)になったかと感じたが、それは思い過ごしという奴だきっと。
頭の中では、様々な思いが錯綜し、迷い始めていた。
繊維ジャーナル元社長、木内の予言を思い出したりもしていた。
男女の関係なく、アパレルファッションが脚光を浴びる時代がとうとう近づいたと思った。のんびりこうしては居られない。そう思う気持ちと、いや、自分とはもう縁のない世界じゃないか、もう関係ない。と、ふてくされにも似た気持ちが湧いたりもした。
それより何より。。。
理由もなく休み続けた者に対し、会社が許してくれるわけなどない。こちらから辞表を出す前に、すでに解雇通知が届いていることだって考えられる。
それに・・・
国光だけでなく、木内社長までもが。。。ついに。
皆、この自分を置き去りにしてどんどん離れて行くような気がした。
だが、これこそ人生、社会の厳しさというもの。学生時代の甘ったれ気分は、そろそろ捨てるべき。

店のテレビからは、連休も終わりを迎え、Uターンラッシュの模様を伝えていた。
「せっかく静かやったのに、また騒がしくなるな」
ため息をつくように篠原さんが云った。
連休中のゴミは、いつもの半分以下だったそうだ。
「人さまの休みやけど、あっちゅうまに終わったわ」
そう。連休もとうとう、終わり。いずれにせよ、いったん家に帰らねばと思った。
それをいつ彼女に言い出そう。おそらく迷いが顔に出ていたのかも知れない。

「もう帰るんやろ」
突然彼女が言い出した。
「え、何が」
「そろそろ家のコトも心配、そして会社にも復帰したい。そう顔に描いたある」
篠原さんは、あはは、と静かに笑った。
「いえ、そんなんちゃいます」
「ママ、灰皿ある?」
と篠原さんは厨房に声をかけ、折角辞めていた煙草を取り出した。

ママと聞こえたが、あとで聞くと ”あんまー”沖縄言葉で 母を意味する言葉だった。
                               

                         つづく

※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。
あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。

(-_-;)