小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 13

初めての沖縄料理だったが、想像したほどの油っこさは無く、とろけるような美味さだけが口一杯に広がった。店の雰囲気が饒舌にさせたのか、僕たちはよくしゃべりよく食べた。

しかし突然、(もう帰るんやろ)
篠原さんが云った言葉に、自分の迷いを見透かされたようで、はッとうろたえてしまった。

「そんなんちゃいます」と慌てて否定したものの、うろたえた言葉はどこか白々しく、哀しく響いた。
さらに篠原さんが
「そんなんちゃうの、そんなんて、何やの」と訊いてきた。
「え、あ・・・・」
やはり繊維ジャーナルを隠そうとした時から、僕の迷いや気配を察していたのだろう。

「ほらぁ顔は正直なもんや」
彼女はそう言うと煙草に火を点け、哀しく笑った。
この憂いのある笑顔。。。。
なぜかゾクっとするほどの魅力が溢れている。できるものなら彼女と一緒に暮らしたいと思った。

あ、ここからの出社だってーーーー。
いやいや 会社はあきらめた筈。。。しかし。とりあえず・・

「とりあえず、いったん帰るだけなんです」
「あはは、ええて。いつまでもウチに構うことあらへん。無理せんでええ」
「いえ、無理やないです。だいいち。。。」
「だいいち。。。?」
「会社からクビを宣告されてるかもなんです」
その言葉に篠原さんは、しばらく押し黙っていたが、
「そらあ無い無い。。。」と手を振った。
「でしょうか」
「あぁ」
「理由もなく何日も休んだ僕を会社が。。。」
頭の中で、いったい何日休んだか、指折り数えようとした。が両手の指で到底間に合う筈もなく途中あきらめた。
「そらぁ体こわして休むことあるやん。」
「でも僕の場合、特に病気でもなく」
「心の病気も、立派な病気のひとつや」
「・・・・・・」
「それぐらいでクビにはでけへん、組合のあるトコは特にな。天下の船場商事や、あるんやろクミアイ?」
その言葉に、希望の光が見えたような気がした。
「だと嬉しいんですが」
「ほら」
「え?」
「やっぱ会社に戻りたいんや」
「あ。。。いえ。。」

心地良かったはずの琉球民謡のBGMだが、いつしかもの悲しい曲に変わっていた。それはまるで哀れな女性の泣き声にも聴こえ、一瞬ドキりとした。彼女の表情を盗み見するようにうかがう。だが、いつもの気丈さからか、平気なそぶりで煙草の煙を吐いた。
「煙草。。。。」
「ん」
「もうやめるて云ってたやないですか」

「あぁ、これな。。。」
ただそう言っただけで押し黙ってしまった。やがて半分以上残っていたが、静かにもみ消した。

「例えばですね」
「例えばなんよ」
「会社に復帰するとして、ここからの出勤とかも。。。」
そう言うと、篠原さんは少し驚いた眼で僕を見つめたあと、突然笑い出した。
「何が可笑しいんですの」
「あはは、いったい何を言い出すやら。。。」
「んなあ、真面目なんです」
「むりむり」
「何が無理なんです」
「前にも訊いたけど、キミ長男やろ」
「えぇまぁ」
「ほら、ご両親がすんなり戻してくれるわけないやん、ウチみたいなとこに」
ぐさッと何かが刺さった気がした。

「でも。。。。。。。。。。」

「デモもメーデーもない、前にゆうたやん、キミは帰るヒト」
「必ず・・・・・戻ってきます」

                      ※

店を出てしばらくはふたりとも無言で歩いた。
なんとなく気まずい空気が重いと感じる時だった。篠原さんは身を寄せたかと思うと、腕を強くからませてきた。手を握ってきた。思わず強く握り返す。
「このゴールデンウィーク、君のおかげで愉しかったわ、えぇ想い出や」
「いえ、ですからとりあえずなので」
「まだ云うか」
「でも」
「うち、ぜんぜん平気やから、想い出だけで十分」
「だから、いったん帰るだけ」
「はいはい。一応聞いとくわ」
そう返事すると彼女はふっと前方を見上げた。つられて見上げると、ベランダから見えたあの建設中の大橋が見えた。

「15年。。。。かぁ」
「うん、けど15年て ほんまあっと云う間なんよ」
そんなことはないだろ そう言い返そうと思ったが 黙り込んだ。

 川沿いを風が通り抜けた。
潮の香りを探そうとしたが なぜか 油や錆の匂いだけが絡みついただけだった。



                       つづく

※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。
あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。

(-_-;)