小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 20

まさか中沢課長は階段をかけ登って来たのだろうか。少し息を弾ませている。
目が合いそうになるのを避けるように頭を下げ
「わざわざすみません。」と詫びた。
「え、まあ。はぁはぁ」
「長いあいだ勝手しました。本当に申し訳ありません」
中沢は前髪をかきあげ
「あ、いやその。。。。」
呼吸を落ち着かせたあと、ようやく「まぁ。。」とだけ応えた。
三田村から色々と聞かされる前なら、単なる冷たい反応と受け取ったかも知れない。
だが少し冷静に考えたなら、課長の方からわざわざ走って来たのだと思った。
(まさか課長も口べた?)そこでようやく気づかされるものがあった。
ふたりとも所在なく突っ立っていると、
「ま、とりあえず座れば。コーヒーでも飲んで行く?」
と、三田村が訊いた。
中沢は袖をめくり、一瞬時計を気にしたようだったが
「じゃあお言葉に甘えて。。森野君座ろうか」と誘い
「はい」と応えた。



      ※

「えぇ、大体のことは三田村さんから。。」そう云うと
「え、もう」
と中沢は三田村を振り返った。
しまった。余計なひとことだったかと冷やっとした。
三田村は口にしかけていた珈琲カップを置き「すまんすまん、話の成り行きでつい。。。」と謝った。
「あ、ちゃうちゃう。じゃあ話、早いな。そう云うことで今後は一課もライセンスもんが中心になる。。。」
中沢は云うや髪をかき上げた。
(あ、この仕草。。。)中沢が時おり見せる癖。その仕草にすっかり冷たいエリートと思い込んでいたが、『中沢も落ちこぼれや』三田村の言葉が甦る。
「それでこの僕、あいえ私も。。。」
「あぁ。君の力を借りたい。体調のほう、万全ならばの話やけど」
「体のほうは別に・・・でも」
「でも?」
「ほぼ1ヶ月近くも勝手をし、課長を始め、皆さんに迷惑をかけてしまいました。。。そんな僕が今さらのこのこと。。。」
すると
「君には本当にすまないことした。そう思っている」
なんと中沢はテーブルに手をつき頭を下げた。
「え。そんなぁ。頭あげて下さい。」
「長期欠勤は理不尽な異動が原因でしたと、この際ハッキリ云ってやれ」
三田村が、はやし立てた。
中沢のお辞儀がますます低くなる。
「あ、ちゃいますて」
「目の前に中沢がおるちゅうて遠慮するな。。。」
「遠慮など。。。。」
まさかの展開だと思った。
「あ、三課の中で賛成したのは俺だけやった。中沢だけ責められへんわ。すまんこの通りや」
三田村も頭を下げた。
「あ、お二人とも。頭を上げて下さい。異動が原因だったて、まったく無い。いえば、嘘になりますが。。」
「ほらぁ」
「それより個人的な悲しみごと。。。というかショック。そっちをずるずる引っ張ってました。。。」
すると中沢は
「例の。。。ピアノの。。。」
「え・・・えぇまぁ。。。課長もそのことを」
「つい最近この三田村から。。。」
胸の奥に仕舞いこんでいた美央の顔が浮かぶ。だが、悲しみがぶり返すというより、そっと見守ってくれている気がした。
「事情も知らずとは云え、本当にすまなかった。追い打ちをかけるように異動話。そりゃあないて、川村や横山からもこっぴどく叱られ。。。本当に悪かった。この通り。。。」
「許すもなにも私のほうこそ。。。」
「じゃあ戻ってくれますね」
思いもしなかった展開にこみ上げるものがあった。
「この私でよければ。。。」
あ、ドラマみたいな臭い台詞だと気づき、顔が赤らんだ。
しかし。。。またライセンスの仕事が出来る。。。そう思うと次から次へと喜びがこみ上げたのだった。
(中沢がエリートてか?)そう言いながら、笑い飛ばしてくれた三田村に対しても感謝の気持ちが次から次へと沸き起こるのだった。

                          ※
「この森野、カルベロ・クラロのブランド。すでに知ってたわ。中沢が目をつけただけのことある。さすがや」三田村の言葉に
「ほーう」と中沢が反応した。
「あ、たまたま偶然なんです。。。」
「偶然でもなんでも、知ってたのが凄いと思う。常務から紹介の話があったとき、僕ら全員知らなかったのが情けない」
「常務て、国光常務?」
当時船場商事には3名ほどの常務取締役が居た。
「あぁ、国光常務。でもなぜわかる?」
「やはり。。。お嬢さん、カルベロブランドの香水のファンだったです」
「なんとまぁ。なるほどなぁ。顔を合わせるたび、ハッパをかけられてる。。。日本での商品化はまだか?て。商品化もなにも、契約すらこれからやちゅうに」
「え?関連企業に出向されたのでは?」
「あ、それやが。。。」三田村が身を乗り出し
「その話、とっくに流れてる」と云った。
「え。そうなのですか」
「ライセンス事業部が出来るとしたら、部長に国光ちゅう話や」
「なんとまあ。。。でも降格。。。?」
「ま、取りようによっては降格だろうけど、国光の場合、さっそくノリノリで張り切って。。。」

                つづく

※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。
あと、ついでに言わせてもらうならば、これは「ミモザの咲く頃に」シリーズの続きでもあります。

(-_-;)