小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

ミモザの花が散ったあとに 27

 

あの日、力になれなくゴメ
 ン。今更やけど、そしてキ
 ザな言い方をするけど、こ
 んごは何でもかんでも、
 この私に相談するよう。
 5月6日。7時。。。。


慣れない日本酒にしたたかに酔っているはずの頭に、突如浮かび上がった前村のメモ。
だがそれは映像のように鮮明に見えたのだった。
くっ。。。よりによって、今ごろ。。。なぜまた。

「時間気になるんか。心配すなや、もうすぐお開きやさかい」
え、と見上げると徳利を片手に清水先輩が立っていた。
「あ、いえ。別に。。」
何が別にやねん。どっこらしょ。と言いながら向かい側に座りこんだ。目は完全にすわっている。
「まぁ一杯」と徳利を傾けてきた。かなり限界に近づいていたが、仕方なく”おちょこ”を差し出す。
「あどうも、すんません」
「あかんあかん、大きいほう、そこのコップや」
「え、そんなあ。だいぶ呑みましたので」
「んなぁーことないやろ、まだ涼しい顔してる」
「いえもう、かなり・・・」
「ほたら何かぃ、ワシの。。。
その時
「清水先輩、ええ加減にしはったら」と横から高田が乗り出してきた。
「おやおや、これはこれは。どなた様かと思いきや、タカダさま」


「タカタです」
「おーきたきたそれ。」
「何がですの」
「タカダよ」
「タカタですっ」
「あーたまらんな」
「何がですの」
「なんでそこにこだわるねん」
「そらあ名字ですもん」
ほたら何かい、漢字で書いたら別に間違いでもありゃせんのを、いちいちキミは指摘するんか
清水の大声に、場が一瞬静まり返った。
だが、いつものコト。そういう表情でワイワイガヤガヤと戻った。
中沢はすでにダウンしたのか、隅っこに座り込んだまま寝ている。
「ま、先輩落ち着いてください」
「森野っ」
「あはい」
「えらそうに言う前に、サケを注がせろ」
「あはい、すんません」仕方なくコップを差し出す。
「おーよしよし。それでええんや」
だが横から
「清水さん、まだ私の話が終わってません」と絡みついた。
「何や」
「漢字より口に出す呼び名のほうが大事て、ずーっと」
「あー。それ言うなら、ワシら関西人はずーとタカダさんや」
「なんでですの」
薬師寺のタカダコウインさん、知らんか?」
「知りません」
「あのな、高田さんて方はやな。。。。」
清水の長い講釈が始まり、タカタも素直に頷いている。
その隙にトイレに立った。

まさか、まだ待ってるなんてコト。ないだろうな。。。。時計は9時を10分ほど過ぎていた。
(あの日力になれなくてゴメン。。。)
そんなことあるものか。。。
あの日、会社に届いた訃報の電話。ショックのあまり、目眩を覚え、床に崩れ落ちそうになった自分に、真っ先に駆けつけたのは前村。腕とわき腹を支え、しっかりしなきゃと励ましてくれたのだった。あの時の腕の感触は不思議とまだ残っている。。。
そして前村は、ひと目もはばからず、声を上げ涙を流してくれたのだった。

「なあて、森野さん」
席に戻ると、ぴったり寄り添うようにタカタが座り直してきた。
清水先輩はなぜか元の席で、しょんぼり座っている。
「なあて」
云いながら肩に腕を廻してきた。
「え!ちょ、ちょい、それまずいて」
「なんで」
「なんでもや」
やんわりと腕を振りほどく。
高田の目は、すっかり出来上がっていた。
「もうだいぶ呑んだんちゃうか」
「森野さん、あのな」
「あはい」
すると
「あーハハハ。。。。」と腹を押さえながら笑いだした。
「な、何やねん」
「森野さあん」
「あはい」
「ほらぁ。また。あーははは。く、苦しい」
「な、なんやねん。怒るでぇ」
(こっちはそれどころじゃ。。。)

あぁ案山子。。。あぁ前村・・・・。
きっと彼女のことだ。時間前に着き、そしてかなり待ちくたびれたことだろう。彼女の顔が浮かんだ。
心が痛む。
さっき清水が注いでくれたコップ酒が残っていた。ぐいッと呑む。
麻痺しているのか、ノドの奥が焼けるいつもの感覚は無かった。えいッとばかり飲み干した。
ふと、暗号めいたメモのことに、腹立ちが沸き起こった。
なぜまたあんなメモ。なぜストレートに書かなかったのか。子供だましの暗号メモ。
ん?暗号。。。。
「なあて、森野さん」
「だから何やねん」
「なぜいつも、はいの前に”あ”が付くん?」
「はあ!?」
「はい、じゃなく、いつも”あはい”て。」
「そんなん、ゆうてへんわ」
「いんや、絶対ゆうてる。あーはははは」笑いながら高田は自分の膝を叩いた。

あ、そうや。あくまでも、あれはたんなるメモ。それに暗号を仕込んだとして、誰しも気づくとは限らない。
気づかなかったコトにすればいいじゃないか。それに。。。隠された言葉に気づく者など、滅多に居ないのではないか?
なるほど、これこれ!
前村も、この俺が気づくなんて、べつに期待してなかったのでは?
きっとそうに違いない。。。
そう決め込むと、ふっと心が軽くなった。
「なあ、もういっぺん、”あはい”て言ってや」
「ひつこいな。あはい ってか」
すると、タカタは呑みかけたビールを一瞬ぐふッと蒸せ、笑いの飛沫を吹き出し
お互い向き合っていたものだから、顔面いっぱいにビールのシャワーを浴びてしまったのだった。

あー!!
あーって、こっちのセリフや

                つづく

※ 言うまでもありませんが、
当記事は フィクションです
万が一、実在する、あるいは良く似た、いかなる個人名、団体名、地名、出来ごと、などが出現しようとも 一切の関係はございませんので。

(-_-;)