小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線9

「あ、このチラシ入りの?」 カバンから取り出してみせた。 「えぇ。それを西崎先生が受け取って。。。」 「なんとまあ・・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 少し頭が混乱してきた。 「じゃあ君、もともとは探偵事務所のひと?」 森島碧の眼を覗き込んだ。 「え、まあ。。。そういうコト。。になりますか?」 碧は、私に応えるというより、馬渕所長に助けを求めるように訊いた。

 

「佐伯さん」 「あはい」 「この子の抱えている事情なり、いずれお解りになられるでしょうけど、 とある施設から、預からせてもらっていたんです」 「はあ!?」 なぜか、重苦しい空気が流れたような気がした。

 

「で、西崎先生の話に戻りますけど」 馬渕も重苦しい空気を察知したのか、明るい声で切り出してきた。 「え、えぇ」 「いやあさすが、社会派の小説家先生だけに行動力と観察力が半端ない。」 「チラシを受け取ってすぐに?」 「えぇ、その場でチラシをお読みになられ、いきなり碧に案内させ」 「なんとまぁ」 如何にも西崎らしいといえばそうなのだが。。。 「いきなり、初恋の相手捜しですか?」

 

「あ、いえ。相手捜しと言うより、探偵仕事そのものに、 ご興味を持たれたようで、それだけが取材の目的だったです。」 「なるほど」

 

「で、ひとしきり取材が終わる頃でした。いやあ、あん時 さすがの私も参りました」 「と言いますと?」 「いきなり、この子について、こう訊ねてこられたのです」 と、碧を指し

 

「同じ眼の子供たちを知っている。もしやあの子も?と。。。」

 

結局、西崎とも代は来れず、彼女からの携帯が震えたのは 馬渕事務所を引き上げようとした時だった。 「あ、ごめん。まだテレビ局なの。そっち行けそうにないわ。

これ碧に替わってくれる」 「え、はい」 「西崎先生から。」と、携帯を森島碧に渡した。 しばらく、背中を向け応対していたが、ようやく 「はい。了解しました」とフリップを閉じ 「先生と同じガラケーなのですね」と返してきた。

 

「え、まぁ。あのスマホて奴、しっくり行かなくて」 「あ、先生と同じこと言ってますぅ」 森島碧の明るい声が弾んだ。 この眼のどこに。。。。と覗き込もうとした。 だが碧はさッと視線をそらし、

 

「初恋の方、見つかるといいですね」と言った。 「え、あ、まぁ」

 

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「じゃあ二週間後には、なんらかのご報告ができると思います」 「けっこう早いですね、お願いします」 「あ、いやあくまでも、中間報告ということかもです」 「えぇそれで十分です」

 

30年近く、胸に秘めてきたことだ。たかが二、三週間など。

 

 

馬渕事務所を後にし、時計を見ると正午近くをさしていた。 森島碧にじっくり話を訊くチャンスだと思った。 「メシでもどう、こないだの店、昼には定食もやってた思う」 西崎らの馴染み店で、わりと静かな雰囲気の居酒屋だった。 森島碧はしばらく考え込んでいたが、 「あ、いいですね。」 と微笑みを返した。

そのとき、桜色の風がふわりと、漂った気がした。

 

つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。