小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線20

「え?トッキュウ、イケガミセン・・・」

高野さんが、じゃあ五反田まで一緒だね、と言い

そのあとの言葉が聞き取れず聞き直したのだった。

「ちがう、東急の池上線」

今、思い出せばなにか可笑しい。高野さんはムキになって説明した。

「聴いたことない?歌にもなったの、10年ほど前。。。」

「あ、いや。そのころ香川の田舎で小学生。。。」

すると高野さんは、

「あ、そっか。。。」

ポツリとつぶやき、なぜか哀しみの表情をたたえた・・・

山手線は駅に到着するたび混み合い、ますます僕らは密着度を高めた。

息遣いが間近に聞こえ、胸のドキドキは高鳴る一方だった。

やがて電車は、大きいカーブに差し掛かり、ガタッと大きく揺れた。

あッと僕の腕につかまり、ぎゅうっと握るや

「ごめんなさい」

と慌てて離し、つり革に移し替えた。

「いえいえ、全然・・・」

もごもごとした返事が情けない。

だが ぎゅうっと握られた手の感触、細いわりに力づよく、

そのくせ柔らかい不思議な感覚に、やはり興奮していた。

「あ」

突然高野さんが言った。

「え?」

「今夜、男女7人物語のある日じゃなかった?」

「何ですのそれ」

「えッ観てない?さんまが主演のドラマ、すごく面白いよ」

「え、いや・・・・」

その頃、寮にテレビもなく、話題について行けないもどかしさを感じていた。

やがて列車は五反田駅

gotanda

「じゃあね」

帰宅のサラリーマンたちに、囲まれながら高野さんは降りて行った。

その背中を見送りながら

歌にもなったと云う(池上線)をぜひ聴いてみたくなった。

テレビはないが、同僚のMと共有のラジカセならある。

けれど、高野さん、いったい歳幾つ?

つり革につかまりながら、ふと考えたのだった。

ま、そんなのどうでも良いや。さっきの腕の柔らかい感触・・・

後ろで束ねた長い黒髪。間近に聞こえた彼女の息遣い。。。 細面の知的な顔のクセに、子供っぽいテレビの話題。 すべてが愛しい。。。。

また明日も同じ帰り道。。。。良いのだが。。。

卒論や、残した単位。ましてや勉強のことなどすっかり忘れかけている

自分が居た。

(佐伯君てサイテー。根性なしの気持ちワルー男子)

中学時代

片想いだった女子からクラス全員の前で大恥をかかされ、

以来 女性恐怖症だったが、

そんなのクソ食らえだ。

電車の窓の向こうに いつまでも叫び続けていた。 つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。