小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線31

「どうしたん。急に黙って」 西崎の言葉にはッと顔を上げる。 直ぐには答えられず、No.7の住民票を見せぽつりと言った。

「今、ここらしい。多分彼女の実家。丹後半島。京都の。。。」

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「へー丹後半島かぁ」

西崎は受け取った住民票を眺めていたが

「よければの話やけど・・・」

顔を上げた。

「え?」

「もしよければ、報告書の方も、見せて欲しいんだけど」

なんだ、そんなことか

「あぁ。どうぞ」

「ありがとう」

受け取るや西崎、さっそく声を出し読み始めた。

「えー手始めに、大学職員名簿をとっかかりに調査を始め。。。

大田区。。。ここ高級住宅街やね」

「えぇまぁ」

「あ、大学はどこやったん?」

「え、言ってなかったっけ。青葉山総合。。。」

「うわっ凄。偏差値高いんでしょ」

「いやあそれほど。。。

西崎にと云うより、森島に聞かせるように

「いやあ、当時はそれほどでも。附属からエスカレーター式で。。。」

まだ続きもあったのだが

「でさあ。それより」

西崎に遮られる。

「ん?」

「肝心な奴訊いてなかったわ。」

「え何を」

「彼女・・・高野さんの顔、いまいちイメージ湧かないんだわさ、

例えば女優でゆーたら誰に似てたん?」

さあ白状なさいよ、とでも云うように身を乗り出した。

西崎の横で、森島もランっと目を輝かせた。

大学の話より、そっちに興味があると云うのか。

とうとう来たかとビクんと胸が慄える。

しばし答えに詰まり、沈黙の時間が流れる。。。

回想録を書いてる途中、いつも考えていたコトだ。

森島碧の面影が重なり。。。

だからあえて書かずに、と云うより書けなかった。

「ナニ黙ってんよ」

「あ、いや。最近の女優では思いつかないなぁ」

できるものなら此処には触れてほしくない。。。。

「じゃあ昔の女優でゆーたら」

そう昔。。。高野さんを初めて見たときの印象・・・・

藤村志保。。。覚えてる?」

すると

「あぁ藤村志保。なんとなくミドリに似た女優さんやね」

西崎は森島の顔をジロジロ眺めながら言った。

胸がふたたび鳴る。

言われた森島は

「え。。。」と真っ赤にうつ向いた。

西崎は森島の肩を小突きながら

「ナニ照れてるん」と冷やかした。

だが西崎の関心はやはり報告書に。ひらひらと報告書を揺らしながら

「しかしこうもまぁ転々と。彼女の亭主、商社マン?」

「あ、いや。。。。大学の助教授。。。いや教授?」

「へー。じゃあ歳の離れた亭主だったんだ」

「えぇまぁ」

「あ。」

「え?」

「なんか見えてきた」

「何が?」

「歳の離れた亭主より、若いあなたに簡単に心を奪われ。。。」

「あ、違うッ。そんな単純な人じゃなかったです」

気付けば自分でも驚くほどに、声を荒げていた。

「あ、ごめんごめん」

西崎がしょげてうつ向いた。

「あ、いえ・・・・」

声を荒げるほど否定したものの、

やはりそう云う気持ち。。。というか

心の何処かに、スキがあったのかも知れない。

だからこそ、しがない当時のこの僕なんかと。。。。

「けど、やはり変ね」

「何が」

「最初、高級住宅地でそのあと下町に転々と。。。」

確かに。。。報告書の途中、心が重いのはそこにあった。

「けど肝心のとこが黒塗り。これじゃ分からないね。今から行く?」

「え?」

「馬渕事務所」

西崎は言ったあと、さあ。覚悟はどう?と云うように覗き込んだ。

「う、うんまぁ」

「どうせヒマなんでしょ今日」

確かに。。。

その時、電話の1本もかかって居ないのに気付いた。

パソコンも、メール受信を知らせる音も鳴らず、ひっそりと佇んでるままだった。

「その顔。決まりやね」

「えぇまあ」

じゃ、用意しますか。

「あ」

急に森島が声を上げた。

「え?」

「今 ライトアップしました、東京タワー」

   つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。

従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一

同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。