ショップ店長、雪乃からの携帯が入ったのは窯出し作業を終えて、
学生らとくつろぎのお茶を囲んでる時だった。
今回も正解だった。学生とは言え、陶芸部だけに器の扱い方など見事なものだ。
「ども、先ほど終わったとこ」
「お疲れさまでした。出品作の方、どうでした?」
「とりあえずバッチリ、てとこね」
「うわあ。良かったです。先生」
出品作というのは、初めて招待を受けることにした『京都新進作家展』用。
3年に一度、祇園の老舗画廊で葵祭の時期に合わせて開催される。
陶芸作家として世にでる言わば登竜門。
今まで辞退をし続けて居たのだが、今回恩師から強い出品依頼があり断れなかったのだ。
「それで。。。」
ん?雪乃の沈黙。
「で、何かあった?」
「すんません、先ほど東京のマブチさんて方から電話が入ったのですが、ご存知でいらっしゃいます?」
「はあ?マブチ。。東京。。?」
「えぇ」
久しぶりの“東京”と云う言葉に一瞬胸が騒いだ。だがあれこれ記憶をたどったものの、
記憶のカケラもない。
「いえ、知らないわ」
すると、携帯の向こうから雪乃の一瞬“えっ”とおどろく様な息遣いが聞こえた。
彼女も学生バイト出身だが今や“丹後焼窯元 紫織”になくてならないスタッフのひとりだ。
「ちょっと雪乃ちゃん、何かあった?」
「えぇまあ。。。」
またもの沈黙が気になる。
学生らは、窯出しの品を取り囲みアレコレ批評をしあっている。
遠く海鳴りの聞こえる 爽やかな風。
若さが羨ましい。
「はっきり言いなさいよ」
「じゃあ。。。」
ようやく雪乃が続けた。
「すごく、先生のコトあれこれ喋られてましたけど、なんか気味が悪いです」
「え!たとえば?」
「昔のこととか、良くご存知な様子で。てっきり昔のお知り合いか何かかと」
携帯を持ち替え、海の方角に背を向け立った。
昔の記憶をもう一度呼び醒まそうと考えてみたものの、
やはり思い浮かばない。
「すんません先生・・・私。。。」
またも雪乃のため息。そして沈黙。
「ど、どうしたの雪乃?」
「先生の携帯番号、教えちゃってしまいました」
「あはは、なんだそんなコト」
「で、でも。。。」
「好都合よ、直にそのマブチさんて方とお話してみたいわ」
イザとなりゃあ。。。。
学生バイトのウチ、体格の良い男子のふたりや、三人。。。ここに。
無邪気にワイワイ騒いでいる彼らを眺めながら言った。
「雪乃ちゃん、また一つ楽しみが増えたわ、ありがとう」
「せ、先生。。。。」
雪乃が何か言おうとした言葉は
海鳴りにかき消され、青空へと飛んで行った。
つづく
今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。