中庭から覗いた空は雲ひとつない青空が広がっていた。
だが、半島めぐりのドライブの筈が、何となく出かける気になれずに居た。
朝方に聴いた熊本地方の地震ニュースの影響なのだろう。
馬渕も同様な雰囲気を漂わせ、特段珍しくもない、古い家の佇まいとかを、しきりと口にした。
「いやあ、この廊下を歩くたびの音がたまりませんなぁ。」
「え?これの一体どこがですの」
「子供ん頃の夏休み、お婆ちゃんち、田舎を思い出すんです」
「ほーう田舎はどちらで、あ、お茶でも煎れますわ、どうぞこちらで。。。」
馬渕を客間に案内するや心に決めた。
さあ、しばらくはここで30年の想い出話など。。。。むろん馬渕に聞かせると云うよりも
その向こうで耳を澄ませる佐伯勇次に聞かせる話。
それを思うとまたも、万感込み上げるものがあった。ハンカチの用意とかも。。
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「なぜにまた陶芸家など?そう仰ってましたけど、なぜまた離婚を。まずそこから訊きたいんじゃありません?」
そう話を振ると馬渕は 飲みかけの茶をぐふっと咽せた。やはり根が正直な男なのだろう。
「あ、いやそんな。別にそこまで私は。。。」
口ではそう言いながら、真相が訊きたいとハッキリ顔に書いてある。
「なぜまた名誉ある東大の教授夫人という地位を捨てた。さぞかし第三者から見れば不思議ごとなのでしょうね」
「やはり歳の差ですか?」
「ぷぷ。想像力が貧困ですわ」
「あ。いやその。。。」
照れ隠しに頭を掻く仕草は、絶対に愛川欽也だと思う。
「そもそも私の方から好きになり押しかけた口ですの。学生時代高野のクラスでしたの」
「え、東大だったのですか」
「いえ、早稲田。。高野が東大に移ったのは結婚3年目の年で」
「なるほど。しっかしまぁ見かけによらず情熱家というか、進歩的というか。。あ、まさか高野教授は家庭持ちだった?」
「残念でした。当時バツ1の独身。。。で、馬渕さん」
「あ、はい」
「丹後の山奥から独り東京へ。。。その時点で、今で云う跳んでる女ですわ」
「あ、言われてみると確かに。。。でも貴女の方から押しかけるほど好きだったのが、なぜまた」
そう。。。なぜまた。誰しも思うことだ。この私だって心の変異が今思えば不思議。。。
だが、男たる生き物、見かけだけで判断するととんでも無いことになる。。。
「馬渕さん、冬彦さんてご存知?」
「あ、あのテレビドラマの奴ですか」
一世を風靡したドラマ。さすがの馬渕も知っているようだ。ならば話が早い。
「当時の私、まさに冬彦さんドラマの世界に居りましたの」
「うわぁなんとまぁ、それは悲劇」
「高野が東大に移籍できたのも、姑の力もあるのです。義母は東大学長の妹と云う立派な方で」
「なんとまあ。。。。」
「ですから。。。。」
「あ、はい」
二度と振り返りたくない過去だった。
が馬渕、そしてその向こうの佐伯勇次には やはり聞いて欲しいし、
なぜだか話す義務があるような気がした。
「若気の至りで押しかけたものの、実の顔は、あの冬彦さんそっくり。姑の言いなりで自分というものが何もなく。。。豪邸とか、教授夫人とかそんなの、幸せにはなんの関係も無いことですわ」
「。。。。そんな時に佐伯さんと出会い。。。」
「えぇ、唯一の希望でした。たった4ヶ月ほどのお付き合いでしたけど、その4ヶ月が今の私を作ってくれたと思います」
「大げさな」
「何が大げさなものですか」
つい声を荒げてしまった。
「あ、す、すんません」
眼の前の愛川欽也が小さくなって、頭を下げた気がした。
だがそれ以上に私を驚かせたもの。ハッキリと佐伯勇次の顔が目の前に浮かび上がったのだった。
「野口冨士夫の風の系譜ってありますか」
今でも覚えている記念すべき彼の初めての言葉。
それがなんと今では 風の系譜社 社長だという。。。
つづく
今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。