「野口冨士夫の風の系譜ってありますか」
今でも覚えている記念すべき彼の初めての言葉。
それがなんと今では 風の系譜社 社長だという。。。
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「あのーう、ひとつ私の方からお訊きしたいんですけど。。。」
少し迷ったあげく、そう告げると馬渕は
さあ何でも訊いてくださいなと言わんばかりに
「どうぞどうぞ、何でも」と胸を張った。
どこまで人が良いんだ、この人。。。
「佐伯くん。。。あいや佐伯さんの会社、風の系譜社って少し変わった名前ですわね、そのこと何かご存知かしら?」
「そのこと。。。。と仰いますと?」
「え、えぇ。。名前の由来とか。。。」
言ったあと、しまった。と思った。いくら探偵とはいえ、そこまで知るわけないか。
だが、馬渕は表情のひとつ変えずに
「あはは、由来ね。西崎先生も同じこと仰ってました。」
「西崎先生も?」
「えぇ。社名として、絶対おかしい。絶対に由来の秘密があるはずと。で先生とこのミドリって子に聞いたんですけどね、学生時代、とっても大切な思入れがある名前だとかなんとか、
ただ。。。。」
「ただ?」
「ただ、その肝心の大切な思入れ。その理由まで聞きそびれちゃいました。あ、今度訊いておきましょうか?」
「あ、いえ。とんでもない、そこまで。。」
大切な思入れ。。。その言葉だけで充分。
胸が震えるほど充分な答えだと思った。だが
あ、いやまてよ、単なる卒論のテーマがその理由かもしれない。
あ、いやいや。こうして30年も思い続けてくれて居たのだ。目の前の馬渕が証明している。
それを思うと、またも胸が熱くなった。
そのとき突然、クワイ河マーチが鳴り響く。
あちゃー。私としたことが。マナーモード、し忘れてる。。。
「し、失礼。雪乃ですわ」
馬渕は一瞬ドキっとしたかの表情で眼をぱちぱちさせ、
それでも「さ、どうぞどうぞ」と手を振ってくれた。
雪乃の名前に反応する様を見てると、よほど昨夜の一件がこたえたのだろう。
「雪ちゃん、どうしたの?」
(先生、大丈夫ですぅ?馬渕さんの運転、確かですぅ?変なことされてません?)
雪乃も、よほど馬渕のことが気になるらしい。
馬渕に背を向けながら立ち上がった。
ん?それより携帯から流れる背後が騒がしい。新幹線のアナウンスらしきものが聴こえる。
まさか?
「大丈夫も何も、まだ家なの。馬渕さんとすっかり話し込んじゃって。それより貴女こそ今どこ?まさか新幹線?」
(あは、わかります?もうすぐ広島駅)
え?と時計を見上げると10時前だった。なんとあれから一時間ちかく馬渕と話し込んでいる。
「し、新幹線て、なぜまた広島?」
(いえ、目的地熊本なんです)
「く、熊本て、今大変なのよ」
(えぇ、ですから居ても立っても居られなく。でボランティア仲間と)
なんとまあ。。。直ちに行動に移せるその若さが羨ましい。
そして、何よりその精神が嬉しい。
携帯のフリップを閉じながら
「せっかくの連休、ボランティアですって」
馬渕に聞かせると云うより、独り言のように呟きながら座り直した。
「吉岡さん」
「は、はい」
「いやはや、すっかり安心致しました」
「はい?」
「佐伯社長に、安心して報告できます。」
「え?」
「住民票だけでは判断を誤るところでした」
「・・・・・?」
「貴女を慕う子が身近に。しかもその子は熊本の震災に直ぐに駆けつける。
いやはや、凄いことじゃないですか。実に頼もしい。実に羨ましい。住民票だけでは寂しい独り暮らし。でも実の家族以上に貴女を慕い続ける頼もしい娘。。。」
なんと馬渕はハンカチを取り出し目を押さえた。
はッ。言われてみると確かにそうだと思った。
独りは独り。でも決して独りではない。
だが ここに来るまでの30年・・・・
「馬渕さん」
「は、はい」
「安心するのはまだ早くてよ」
そう云うと馬渕は飲みかけの茶をグフつと咽せた。
「覚悟は良いかしら」
「覚悟と仰いますと?」
「離婚後の30年。。。。語らせてもらいます。今から。。。」
つづく
今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。