小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線46

「で、ご存知のように”出逢い”の場でもありますのよ」

馬渕はしばらく考えていたが

「で、でしょうな」と大きく頷いた。

 

「今の私を決定づける運命の出会いがありましたの」

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「ほーう。で、出逢いね」

「出逢い・・・と言うより、正確に云えば再会。まさかの再会がありましたの」

 

まさかの再会。。。運命のいたずらとしか言えない。奇跡的な再会だった。

 

「まさか佐伯様と?」

「あはは、まさかいくらなんでも」

「で、でしょうな」

「佐伯くん。。。いや佐伯さんとの再会もありましたけど、それは翌年の話ですの」

「え?」

馬渕の表情を見ると、画廊での再開話は聞かされていない様だった。

 

ま、そっちは後ほど。。。。

 

「学生時代、バイトしてた印刷所の社長さんとの再会でしたの」

「ほーう、印刷所の?」

「えぇ。」

「こりゃまた珍しいですな」

「あらまぁ、そうかしら」

「女子学生のバイト先として、あまり聞かないです。。

あ、こりゃまた偏見とお叱りを受けちゃいますね」

 

「確かにそうかも知れないですわ。でもあの音に惹かれちゃいましたの」

「はあ!?音?」

印刷機の音。丹後ちりめん、機織りの音と同じに聞こえましたの」

「ほーう。なるほど」

「家出同然に東京の大学へ。でも心の何処かに望郷の念をずっと抱えていたのだと思います。テレビだったと思います。印刷機の音が流れてきた時、あ。実家の音と同じだと、気づいたのです。子守唄がわりに聞いたあの音が懐かしくて懐かしくて。厳密には少し違いますけど」

 

「なるほど。。。それで、再会の社長さんちへ」

「えぇ、バイト情報雑誌で探しまくり、唯一女子学生でも採用可能な所でしたの。葛飾の下町、小さな印刷所でしたけど」

 

すると馬渕は、何かを思い出したかの表情で

 

「あ、二度目の転居先が葛飾区・・・・もしや松浦印刷さん?」と聞いてきた。

 

 

「え、まさか松浦印刷。。。まだ健在なのかしら」

 

「えぇ小さいながらも、印刷機フル稼働の様子でした」

 

これまた、ドクンと胸を突き上げるものがあった。

は、ハンカチ。。。しまった脱いだジーンズのポケットに。。。

 

「馬渕さん、着替えさせてもらって良いかしら?」

久しぶりの和服、やはり帯が苦しい。

「あ、どうぞどうぞお構いなく。私もお手洗いなどお借りして。。。」

 

こりゃ、長期戦になるかな。ふとそんな気がよぎった。

雪乃はまだ新幹線の中かしら。

 

 

客間に戻ると、馬渕は屈伸運動をしていた。

さすがに元刑事だけあって、背筋がピンと伸び、曲げる時は柔軟に曲がる。

目が合うと

「あ、こりゃ失礼いたしました」

すっかり愛川欣也の表情で照れ笑いを振りまいた。

 

「ぷぷ。で馬渕さんて何年生まれかしら」

「実は貴女と同じ、昭和30年。月日はさすがに違って5月21日ですけどね」

「あらまぁ。。。松浦社長も同じ30年。。。」

 

つくづくと、人の縁(えにし)の不思議さ、深さに思いがつのる。。。

 

「しっかしまあ。。。」

馬渕は目を細め、ジロジロ眺めてきた。

 

「は?」

「いやはや、和服も素敵でしたが、トレーナーに、ジーンズ姿。

こりゃまたお若い、素敵ですな」

 

と言った。

 

 

 

つづく

 

 

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。