「で、ご存知のように”出逢い”の場でもありますのよ」
馬渕はしばらく考えていたが
「で、でしょうな」と大きく頷いた。
「今の私を決定づける運命の出会いがありましたの」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ほーう。で、出逢いね」
「出逢い・・・と言うより、正確に云えば再会。まさかの再会がありましたの」
まさかの再会。。。運命のいたずらとしか言えない。奇跡的な再会だった。
「まさか佐伯様と?」
「あはは、まさかいくらなんでも」
「で、でしょうな」
「佐伯くん。。。いや佐伯さんとの再会もありましたけど、それは翌年の話ですの」
「え?」
馬渕の表情を見ると、画廊での再開話は聞かされていない様だった。
ま、そっちは後ほど。。。。
「学生時代、バイトしてた印刷所の社長さんとの再会でしたの」
「ほーう、印刷所の?」
「えぇ。」
「こりゃまた珍しいですな」
「あらまぁ、そうかしら」
「女子学生のバイト先として、あまり聞かないです。。
あ、こりゃまた偏見とお叱りを受けちゃいますね」
「確かにそうかも知れないですわ。でもあの音に惹かれちゃいましたの」
「はあ!?音?」
「印刷機の音。丹後ちりめん、機織りの音と同じに聞こえましたの」
「ほーう。なるほど」
「家出同然に東京の大学へ。でも心の何処かに望郷の念をずっと抱えていたのだと思います。テレビだったと思います。印刷機の音が流れてきた時、あ。実家の音と同じだと、気づいたのです。子守唄がわりに聞いたあの音が懐かしくて懐かしくて。厳密には少し違いますけど」
「なるほど。。。それで、再会の社長さんちへ」
「えぇ、バイト情報雑誌で探しまくり、唯一女子学生でも採用可能な所でしたの。葛飾の下町、小さな印刷所でしたけど」
すると馬渕は、何かを思い出したかの表情で
「あ、二度目の転居先が葛飾区・・・・もしや松浦印刷さん?」と聞いてきた。
「え、まさか松浦印刷。。。まだ健在なのかしら」
「えぇ小さいながらも、印刷機フル稼働の様子でした」
これまた、ドクンと胸を突き上げるものがあった。
は、ハンカチ。。。しまった脱いだジーンズのポケットに。。。
「馬渕さん、着替えさせてもらって良いかしら?」
久しぶりの和服、やはり帯が苦しい。
「あ、どうぞどうぞお構いなく。私もお手洗いなどお借りして。。。」
こりゃ、長期戦になるかな。ふとそんな気がよぎった。
雪乃はまだ新幹線の中かしら。
※
客間に戻ると、馬渕は屈伸運動をしていた。
さすがに元刑事だけあって、背筋がピンと伸び、曲げる時は柔軟に曲がる。
目が合うと
「あ、こりゃ失礼いたしました」
すっかり愛川欣也の表情で照れ笑いを振りまいた。
「ぷぷ。で馬渕さんて何年生まれかしら」
「実は貴女と同じ、昭和30年。月日はさすがに違って5月21日ですけどね」
「あらまぁ。。。松浦社長も同じ30年。。。」
つくづくと、人の縁(えにし)の不思議さ、深さに思いがつのる。。。
「しっかしまあ。。。」
馬渕は目を細め、ジロジロ眺めてきた。
「は?」
「いやはや、和服も素敵でしたが、トレーナーに、ジーンズ姿。
こりゃまたお若い、素敵ですな」
と言った。
つづく
今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。