小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線48

「松浦では慰安旅行の代わりに日帰りであちこちレジャーに出かけてましたの。そこで出会ったのが陶芸教室。。。」

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「ほーう、たまに見かける1日体験、ってあれですか?」

馬渕は意外そうな面持ちで訊いてきた。

 

「えぇ、所沢のフラワーパークでした。最初、見てるだけのつもりだったのです、ああいうの苦手でしたから」

「苦手だなんて、ご謙遜を」

「いえ、本当ですわ。手先が不器用で、図工がまったく駄目な子でしたの」

「で、試しにやって見たらハマってみたと?」

「えぇ、まぁ。それに・・・」

「それに?」

「佐伯くんを想い出したんです」

「え。なぜまた」

「あ、ご存知ないかしら。彼、大学時代陶芸部だったんです」

「え?文学部では」

ぷっと笑いたくなるのを堪え

「あ、クラブ活動の部で・・・・」

 

馬渕は手帳を取り出し、あちこちページを繰り確認し

「なるほど、クラブのね。そこまでは聞いてませんでした」

 

「当時。彼の会話の3割は、陶芸への熱き思いの話だったんです。伊万里がどうの、備前がどうの。こちらとしては特に興味もなく、聞き流していたんです。。。」

「ま、当然でしょうな」

 

当然。。。。

本当に当然なのだろうか。当然で済まして良い問題なのだろうか・・・・

いま振り返るなら、彼に悪かったかなと思う。うわの空で相槌だけの私に気づいていた筈だ。果たしてその事をどう思っていたのだろう。機会があれば聞いてみたい。

 

「しかしまぁ、たった1日の体験でハマるものなんですか陶芸って」

「試しにやってみます?」

「え。この私が?」

「すぐ用意出来ますわ。隣の作業部屋」

「うわあ、ぜーたい、むりムリ。私も不器用なんです。ぜったいムリムリっ」

馬渕は激しく手を振り続け、必死の形相で断り続けた。

あ、こういう人こそ、ハマってしまう。。。

かつての私の様に。。

 

 

「すこし形がイビツですが、それなりに味がありますわ」

「そ、そうですか。」

「本当に初めてですの」

「も、もちろん。いやぁ一つ趣味が出来ちゃいました」

「初めてのロクロにしちゃあ上出来です。恐れ入りました。私以上の素質が、おありですわ」

「またまた、そんなぁーお世辞。乗せるのうまいんだから」

 

馬渕はこれ以上ない笑顔でクシャクシャにさせた。

あたりをキョロキョロ眺め回していたが、

 

「次回はお休みします。ってあの貼り紙、予定表ですかあれ」

「えぇ、地域の皆さんや、特に子供たちに、陶芸教室を開いてますの、ボランティアで」

「おぉ、素晴らしい」

「そうかしら」

「えぇ、いやはや。こういうの体験してこそ解る。陶芸の魅力、楽しさ、

うん実に素晴らしい。本当に素敵だと思います」

 

「おかげで地域にも溶け込めました、なん十年ぶりに舞い戻ってきた私、ここに来てようやくってトコですわ」

 

「で、松浦印刷を卒業し、陶芸への道。。ですな」

 

ぷっと吹き出したくなる馬渕の短絡的思考。

 

そう簡単に人生が歩むならどれほど良い?

いや、どれほどつまらない人生?

 

「松浦社長。彼への想いを断ち切るチャンスでもありましたけどね」

「は、はあ!?」

 

 

つづく

 

 

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。