小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線57

「おとん、携帯震えてるじゃん」

リビングに入ってきた勇一の声で、はッと目覚める。

 

ん?あぁ。

ソファーに寝っ転がりテレビを観ているうち、すっかりうたた寝をしていたようだ。

周囲はすっかり日も暮れ薄暗い。昼過ぎからの雨音は断続的に聞こえていた。

ガラステーブルの上で点滅しながら震える携帯を掴み上げると、馬渕からだった。

さりげなく勇一を振り返る。リモコンでDVDの録画予約に夢中になっていて、オヤジの電話どころじゃ無さそう。

まぁ、いつものことだが、今回はありがたい。

 

月曜の件だと思いながら

「どうも、佐伯です」と言うと

(先ほど東京に着きました、今からお会いしたいのですが)と聞こえた。

 

「はあ?たしか明日・・・月曜だと。。西崎先生も都合が」

勇一は録画予約を終えるや、さっさと部屋から出て行った。

(・・・・・・・・・・・・・・)

馬渕は、少しの沈黙のあと

(佐伯さん)

「えぇ」

(先生ら抜きで、まずは、男同士で。。。お話したいことが)

蚊の鳴くような小さい声だった。

「はぃ?」

胸騒ぎが沸き起こる。高野さん。。。いや吉岡さんの消息が確認できたと、電話で聞いたのは金曜の夕方だ。

その後何かあったに違いない。

「吉岡さんに、何かあったのでしょうか」

(あ、ご心配なく、凄くお元気でいらっしゃいます)

「え?じゃあ明日でも良いじゃないですか」

安堵のため息が漏れる。

キッチンの方を覗きこむ。そう言えば女房の姿が見えない。

(決してお手間は取らせません、ご自宅に・・・・あ、それはマズイですね。近くの喫茶店にでも)

「え、今からですか」

(えぇ)

「お疲れでしょうに」

(あ、その点お構いなく。どうせ帰る方向なんです。ふた駅違いの荻窪なんです)

壁の時計は6時前を指している。

 

「え、そうだったんですか。了解しました。で、そうまでして、そんなにコトはあれなんでしょうか」

(すみません。なんて言うか私の個人的なことなんです)

「はい?」

 

じゃあそれならばと、指定した喫茶店『シャンボンの背中』は高円寺駅前から歩いて数分、公園の横にある。

フランス映画の題名から取ったと言う店名通り、シャンソンの流れる店はいつも賑わっている。

だが日曜の夕方、おまけに雨。読み通り、客足は途絶えていた。

 

「ありゃりゃ、お珍しやこんな時間に」

いつもは無口なマスターが、今日に限って声をかけてきた。

「えぇまぁ。仕事の件でちょっと打ち合わせを」

店内を見渡す。馬渕はまだのようだった。

「もしかしてお相手は馬渕さんて方ですか」

「え!えぇまぁ」

「あちらの席です、今お手洗いです」

よく見ると、椅子にボストンバッグが置かれてある。使い古した感じの重厚な革が印象的だった。

 

「ふー。サッパリしました」

顔でも洗ってきたのか、水しぶきの跡が所々残っている。

「どうも」

「申し訳ない、せっかくのお休みのところ」

「あ、全然。馬渕さんこそお疲れ様でした」

「いやいや仕事ですから。あ、まず佐伯さんへのお土産。。。」

言いながら馬渕はバッグを開け、探し物をしていたが小袋を取り出した。

 

え、私に。どうもと受け取ると、ずっしりとした重みがある。

「どうぞ開けてご覧に」

袋を開けると「丹後焼」と書かれた小箱が出てきた。

「ほーう湯呑みですか」

馬渕は意味ありげに笑うと「裏をご覧に」と言った。

 

えぇまぁと裏向ければ、『丹後焼窯元 紫織』とあった。住所は、京丹後市竹野。。。とある。

「え!まさか・・・」

すると馬渕は満面の笑顔になり

「はい、そのまさか。吉岡紫織さまでいらっしゃいます」と笑った。

 

だが、本当の衝撃はその後だった。

 

「佐伯さんッ」

言うや馬渕はテーブルに両手をつき、深々と頭を下げた。

「す、すみません」

「え?」

「許してください」

「はぃ?って何を・・・・」

「私、馬渕憲一。吉岡さんに恋しちゃいました」

 

店内から流れるシャンソン。雨の日曜。テーブルに頭を擦り付ける馬渕。

それら全部の事柄が、夢の世界、いや映画の世界に思えていた。

 

 

つづく

 

 

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。